『シカゴ育ち』単行本表紙

シカゴ育ち(ペット・ミルク)
いつでも温かい気持ちになれそうな物語

『ナイン・インタビューズ』で知った、『シカゴ育ち』を読みました。柴田さんが信用できる翻訳家であることを再確認するとともに、新刊がでたら値段も確認せず買ってしまいそうな作家が増えてしまいました。

柴田さんの後書きにも書かれていますが、「短編」「超短編」「ちょい長めの短編」が絶妙に配置されていて、素晴らしい構成に仕上がっています。ナイン・インタビューズ付属のインタビューCDを聞きましたが、スチュアート・ダイベックはいい声の持ち主で、とてもまじめそう。きっといい人に違いないと思います。写真と声からはこんな繊細な物語を書いているとは想像できませんでしたが、ほんと優しい作品でした。

ナイン・インタビューでも紹介されている、『冬のショパン』もよかったし、『荒廃地域』『アウトテイクス』『珠玉の一作』『迷子たち』『夜鷹』『熱い氷』ってもうほとんど全部素晴らしいのですが、僕の一番のお気に入りは最後の作品である『ペット・ミルク』です。読み終わってすぐに再読してしまいました。あまりそんなことしないほうがいいとは思うのですが。なんですか、この作品は?! 相当猛烈素晴らしいです。

今までいろんな短編を読みましたが、こんなにハッとさせられたのは、村上春樹の『100%の女の子』以来です。自分の視野というか感性みたいなものを、そっと大きく拡げられたような気がします。

たった8ページの中に、とても印象に残る言葉がちりばめられています。主人公の誕生日、仲のいいガールフレンドのケイトと一緒に生牡蠣を食べるシーン。その時、改めてケイトの美しさに気づくシーン。そして、ケイトのセリフ。かつての自分を優しい気持ちで振り返るラストシーンは……ちょっと言葉にできません。読んでいるだけで暖かい気持ちになります。仕事帰りの電車の中で読み終わったのですが、ふと周囲の人を眺めてしまいました。そして、「ここにこんないい物語がありますよ!」と声を大にして言いたくなりました(笑)。

この人の作品の特徴はクライマックスというか結構劇的な個所でも、すーっと読んでいってしまって、「あれ? 今のは……」という感じで、2〜3行読み進んでからはっとさせられてしまうところでしょうか。

例えば下を見ながら歩いている時に、キラリと光るものを見つけて「あれ?」と思いながらもそのまま歩いていってしまう。やっぱり気になって引き返して確認しても、大抵パチスロのメダルだったりするのですが、今回は「まじで500円玉かよ!」という感じです。……なんて情けない例えだ。えーっと、あくまでニュアンスはということで。なんせ全然大げさなところがない。かといって淡々とした話でもなく。とても丁寧で誠実な語り手なんだと思います。

なんとなく憂鬱で眠れないかもしれないな……と感じる時に、この作品、特に「ペット・ミルク」を読むと、少し救われるような気がします。

シカゴ育ち

手元に置いておけば、ずーっと楽しめる短編集だと思います。

Text by pushman

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