至近距離を疾走する鹿にヘッドショット
過去最長の5秒間
以前とても悔しい思いをした、至近距離での獲物との遭遇。悔しい思いは十分経験してきたので、「もう至近距離では遭遇したくないな」と思っていたのに、今期も至近距離で疾走する鹿と遭遇してしまった。
今回の待ち場は小さな山の鞍部からトラバースした斜面。獲物は向かいの斜面から鞍部を経由してこちらに来るか、斜面を一気に駆け下りる。待ち場はそのどちらも狙えるように、鞍部を経由するいくつかの獣道を一望できて撃ちやすい場所を選んだ。鞍部にはもう一人タツがいて、互いに目視できる距離。事前に撃つ範囲を伝え合い、絶対に事故が起きないようにする。
犬を入れてしばらくすると、向かいの斜面から犬の鳴き声が聞こえてきて、鹿を起こしたと連絡が入る。しばらく山の中は犬の鳴き声と風が気を揺らす音だけになる。そして突然、なにかが枯れ葉を踏んで駆けてくる音が聞こえてきた。でも、どこから聞こえてくるのかわからない。向かいの斜面や犬の鳴き声が聞こえてくる方向を確認。そうこうしている間に足音は大きくなる。鞍部の方を確認すると足音、そして走っている鹿を視認。鞍部で待っているタツは——と思った直後に発砲音。倒れた鹿はいない。3頭の鹿は猛スピードでこちらに向かってくる。大きな木に身を隠し、すぐに撃てる体勢を整え、息を殺して鹿を待つ。
数秒後に先頭の鹿が視界に飛び込んできた。考えるよりも先に身体が動く。雌鹿の頭を右目で見て、身体を捻りながら据銃し、右目の前にスコープを持ってくる。スコープのイルミネーションドットは雌鹿の頭にピタリと合っている。そのまま右目で雌鹿の頭を追いかけ、引き金を引く。雌鹿は吹っ飛び転げ落ちていく。
仕留めた確信でちょっぴり安堵。直後に「もう1頭いけるか……?」と欲が出てきた。2頭目の雌鹿はすでに目の前で間に合わない。3頭目は可能性がありそう。排莢しながら3頭目の雄鹿を見ると、運動量の割に少しずつしか前進していない。「どないしてん?」と思いながら装填。「これはいける」と思った直後に「2頭解体するのはしんどいなぁ」という思いがよぎった。
鹿が1頭獲れたら十分な量のお肉が手に入る。2頭目を獲って得られる喜びのほとんどは、「ボルトアクションのMSS-20で2頭獲った」という自己満足でしかない。日没も近い時間に山から2頭を下ろして解体するしんどさが頭をよぎり、「1頭で十分じゃあないかな」という思いが強くなった。
雄鹿は1頭目が撃たれたことに驚いて慌てているのか、脚を動かしているのに前に進まず斜面を滑り落ち、木にぶつかって脚をバタつかせている。
「なにやってんねん」「はよ逃げぇ」と思いながら、鞍部で撃たれた時に被弾している可能性が頭をよぎった。半矢のまま逃げられたら追跡するのも大変だし、日没が近いので撃てなくなってしまう可能性が高い。そして半矢の獲物を逃すより、2頭を解体してしんどい思いをする方が精神的にはずっと楽だ。気持ちを切り替え——とはいえ最初の雌鹿を狙った時のような高揚感はないまま——もがく雄鹿に狙いを定め、引き金を引く。雄鹿は動きを止める。
鞍部で待っていたタツによると、狙ったのは先頭を走っていた雄鹿だったらしい。でも、僕の前に最初に姿を現したのは雌鹿だ。つまり、先頭を走っていた雄鹿は鞍部で被弾して半矢になり失速し、後ろにいた2頭の雌鹿に抜かされ最後尾になった。雄鹿を追い抜き先頭になった不幸な雌鹿は僕に撃たれ、最後尾になった雄鹿は僕の前で走れなくなった——というのが真相で、僕一人で2頭を仕留めたわけではなかった。危うく自慢話リストに加えるところだった。
今まで至近距離で獲物に遭遇した時は、心のどこかで「撃ちたくない」と思っていたり、撃つ気がなくなっていた。今回は獲物がこちらに向かってくる間に射撃体勢を整えられたし、かなり近い距離で撃つことになる心の準備もできていたので、慌てず対応できた。動画で見直すと、あのスピードによく反応できたなと、我ながら驚く。
2発を撃つのにかかった時間は5秒ぐらい。この短い時間で「連射で2頭目を獲れるかもしれない」という高揚感、「2頭も解体するのは大変」という冷めた感情、そして半矢の可能性に思い至ったことなど、興奮しつつも冷静に状況判断できたことはとてもうれしく、興味深い体験だった。
※近日中に動画をYouTubeで公開予定。