ぼくの大好きな青髭
男の子、かくあるべき
薫くんシリーズ完結編『ぼくの大好きな青髭』。前3作品はそんなに間を置かず書かれていますが、この作品だけ数年間のブランクがあります。最初に刊行されたのがなんと僕が生まれた年なんです。さらに誕生日に発売されて……と言いたいところですが、僕の生まれた数日後でした。今回そういった事を知ったうえで読んだところ、僕が単純な人間のせいなのか、以前より心に染み渡ることになりました。
本当は全くと言っていいほど親しくない親友である高橋の自殺(まだ死んではないけど)、という今までの薫くんシリーズからすれば想像できない大きな事件から、今回の物語は始まります。その事件を週刊誌に書かせまいとして、ちょっと奇妙な高橋のお母さんから相当に面倒くさい依頼を引き受け、我らが薫くんは「奇っ怪なる人物」へと変身して新宿の街を徘徊します。そして今までの「話をつまらなくする書斎派」から嘘のように一変、バリバリの「街頭派」として大活躍、といいたいところですが、そこのところは相変わらず薫くんで、世界を一人で背負っているような深刻さでオタオタしています。まあでも、とにかく、「街頭派」として薫くんは精いっぱい頑張るわけです。
数年のブランクを経て登場した薫くんですが、やはり若干雰囲気が変わっています。それはこの物語が「若者の時代の終焉」という暗く重いテーマを扱っているためかもしれません。
「若者」対「大人」という単純な構造ではなく、「若者」同士の対立や共生不能な人同士の関係などが入り交じるのですが、薫くんはそんな全ての人にちょっとずつ共感してしまうという、ちょっと相当ややこしい立場に立たされています。そして読者はその薫くんにまで(!)共感してしまうんですね。いやー、マイッタマイッタ……。
ネットでいろいろと検索してみると、庄司薫さんと同級生だった方や、ファンサイトなどたくさんのサイトが見つかるわけですが*1、だーっと読んでみたところ、この作品だけ連載時と単行本で結構内容が違うそうなのです。やはりテーマが相当難しいために庄司薫さんも相当悩まれたようで。
そのせいか、最初の方はぐっと読み込んでいって共感出来るところもたくさんあるのに、はたと我に返ってしまう瞬間が多かったです。薫くんが散々嫌っていた「鼻持ちならないいやったらしい」感じがするんですね、最初は。それがこの物語の鍵になっているとはいえ。でも中盤から薫くんが立派な「書斎派」代表の「街頭派」になる頃にはそんないやったらしさも感じなくなります。
前作『さよなら快傑黒頭巾』では、薫くん達はまだ夢を終わらせているわけではないし、そうする必要もないのですが、すでに夢破れた「人生という兵学校」の大先輩達の援護射撃をしているうちに、誰であってもいつかは「広い寂しい荒野」に横たわることを理解します。
それでも、自分と自分の周囲の人間達が、夢を諦めてしまうことに断固とした反対意思を持つわけです。
ところが今回、薫くんと友人達はまさにはっきりと「若者の時代の終焉」を告げられます。個人的な「夢」ではなく「若者が時代を変える時代は終わった」が終わっていたのです。最初に読んだときにも衝撃を受けましたが、冒頭に書いたように、自分の生まれた年に「若者の時代の終焉」なんて物語が出版され、そしてそれがほぼ事実であるということに、ふたたび軽いショックを覚えました。
もちろん薫くんも「そんなことは認められない」と驚いて、オタオタしながらもなんとか頑張って、普段はオドカサレている友人や由美ちゃんを今回ばかりはオドカシ続けます。でも最後に、やっぱり薫くんはとてもオドカサれることになるのです。今回の物語の真の主人公ともいうべき、青髭との対面と、青髭に薫くんを引き合わせる中学生の女の子によって。このシーンは……とてもいいです。とても好きです。薫くんの弱さや強さ、そして底なしの優しさ、つまり薫くんというとても魅力的な男の子の全ての一部を見ることができるのです。
「青春」や「男の子いかにあるべき」といったことを、猛烈な情熱をもって書かれた薫くんシリーズ。我らが薫くんは最後まで自分の力の無さを痛感させられます。「ただ好きだというだけでは、とてもとても足りないほど素敵な女の子」を目の前すると、「情熱の力のほどを見せつけてやる」と意気込んだり、「好きなんだ、きみが」の一言を言うのにも命がけで考えたり、そのせいで「とんでもないヘマ」を何度も繰り返してしまったり。結局「男って滑稽」なものだということを、どう頑張ったところでそういうものなんだ、という事実を確認し続けています。でもそこには悲観的な雰囲気は全くなくて、というよりも、どうせ滑稽なんだから、せめて「海のような男になろう」あるいは「森のような男になろう」と決意できるんだと思います。
やっぱりかっこいいな、薫くんは。
ぼくの大好きな青髭
他の作品とは明らかに薫くんの雰囲気が違います。それだけに薫くんとの別れが寂しくなります。