さよなら快傑黒頭巾
優しさがもたらす残酷さ
薫くんシリーズ第3弾『さよなら快傑黒頭巾』*1。4作からなる薫くんシリーズの中で、僕はこの物語が一番好きです。一番読みやすくて、そして猛烈心に響く作品です。
残念ながら由美ちゃん(薫くんの幼なじみで、敵ながらあっぱれな宿敵)は旅行に出かけて出番がないのですが、ノンちゃんと、そのいとこのアコ(イカシテます)という2人の魅力的な女の子が、ちゃんと薫くんを翻弄します。
この2人と尊敬する兄、そして友人に翻弄されながら、薫くんがいろんなものにぶつかり、闘っていく物語です。
今回の薫くんはいつもとちょっと違います。相変わらずオタオタしますが、「逃げて逃げて逃げるまくる」なんてことはせず、断固として闘うのです。「人生という兵学校」の先輩である、大好きな兄とその友人達が繰り広げる厳しい現実との闘いを、力不足だと自覚しながら必死に応援し、援護射撃します。
また、闘っているのは男の子だけではない、当たり前なんだけど女の子も必死に闘っているんだ……ということに、しっかりと気がつく物語でもあります。そして、「男ってのはなんともみっともない動物だ」ということにも気がつくのです……。
サエないことを「あーでもない」「こーでもない」といつものように考えている薫くんは、お兄さんの友人である山中さんから結婚披露宴に誘われます。披露宴はその日の1時から。しかも結婚するのは連絡をしてきた山中さん。面食らいながらも参加することにした薫くんは、結婚を祝う気持ちが無い人が披露宴に出席していることに怒ったり、その人たちが作り出す妙に白けた空気にひやひやしたり、自分がどうしようもなく軽佻浮薄でおっちょこちょいで、いい気になっているだけのヒヨッコであることを思い知らされたりします。
そうして一人オタオタしていると、突然中年の紳士に絡まれます。なぜか薫くんのことをゲバ学生だと思っているこの男は、嫌味ったらしく全共闘の学生たちを口撃します。我らが薫くんは全共闘でもないのに一方的な口撃にカチンときて反撃の機会を伺いますが、男の勢いは一向に収まる気配がありません。
薫くんが反撃できないことに気を良くした男は、スモークリング(当時販売されていた肺ガン防止用具)を使って楽しそうに煙草を吸って一呼吸おき、口撃を再開しようとします。カッカきていた薫くんは、この隙をついて実に鮮やかに男を叩きのめします。相手が決して持つことのできない、「若さ」という武器を手にして。
「ほう。」と彼は言い、それからまた手をのばしてテーブルから煙草を一本とり、スモークリングで楽しそうにゆっくりとシワを寄せて火を点けた。ぼくはそれをつくづくと眺め、そして彼の腰を折るべくせっせと考えを練り続けた。彼はゆっくりと煙をはいて、また口を開いた。
「僕が話したことを分ってくれたとは光栄ですが、そしてそのことを疑うわけではないが、諸君のよく言うように、問題は分ったということではなく、どう分ったかということですね。きみは何がどう分ったのですか?」
そして彼は、黙って考え続けているぼくをちょっと眺めて、ついにふきださんばかりにして言った。
「というのも、実はそもそもこのぼく自身が、ぼくの言ったことでよくわからない点がある。何故か? 最も根本的には、ぼくの話の中にでてくる諸君が、諸君自身のことを分っていない、という困った問題がある。諸君は……。」
さよなら快傑黒頭巾
どうですか。相当猛烈嫌味ったらしくありませんか? こんな言い方されたら誰だってカッカきちゃうと思います。そして薫くんの反撃が始まります。
ぼくは、やっと季題をハメコンでわりこんだ。
「シワよせて、煙草すうかや、ワレモコウ。」
「(え?)」
「あるいは、」とぼくは続けた。何故って、敵もあるいはあるいはと、いい気持でやったんだから。「あるいは、シワよせて、煙草すっても、ワレモコウ。」
さよなら快傑黒頭巾
わかりますか? あーかっこいい。
この一句を理解した相手は静かに席を立つわけですが、誠実な薫くんは自分のしたことを品性下劣といって後悔したりするんですね。やはり薫くんはとてもいい奴です。
この披露宴の「大人の事情」を知った薫くんは、結婚を祝う気持ちもないのに結婚式に出席している人たちに怒ったりひやひやしていたことが、(もしかすると)山中さんをさらにきつい立場に追い込んでしまったかもしれないことを理解し、反省します。
そして、ノンちゃんとアコからは「女の子ってのはすごい化け物」であることを思い知らされ、もう完全にマイッテしまいます。
薫くん、ノンちゃん、アコの3人は、「いやな結婚式」の記憶を振り払うかのように、サエナイことをしながら夜の街を徘徊します。若者しか持ちえない悩みというか特権というか、目の前の現実的な問題とちょっと身の丈を越えた大げさな問題を一緒くたにして、3人それぞれが考え込みます。そして、とてもとっても優しい気持ちでお互いを支えようと頑張ります。
そして、惚れっぽい薫くんは、アコの魅力に気が付きオタオタします。
いつまでたっても夢見がちな男の子を信じる健気なノンちゃんを、アコは半ばあきれながら、でもちょっと憧れながら、優しく見守っています。そんなアコに対してサマにならないことばかりしている薫くんがいよいよ考え込んでしまって、どうしていいかわからなくなったときに、アコが言います。
……まあこれはあまりに好きなシーン(読むたびにシビレます)なので書きませんが、アコのような魅力的な女の子にそんなことを言わせてしまうんですから、薫くんもなかなかのもんです。しかしその言葉を言われてしまったら……男の子ってのは相当に大変です。マイッタマイッタ。
初めてアコと二人きりになっても、「ちょっと見どころがある」薫くんは考え考え慎重に行動します。というか、行動を起こせません。逡巡する間に何か大事なものがその手からこぼれていっていることはわかるのに、それを止めることも、それが何かを見極めることもできません。読んでるぶんには「切ないなぁ……」と心に響きますが、あまり経験したくはないですね。
庄司薫さんの物語には、ちょっとくどいくらい男の滑稽さが書かれています。男の子たるもの、なんの夢もないなんて事は論外だし、すぐ実現できそうな夢なんて夢ではないし、でもいつまでも夢を見てるわけにもいかないし、あきらめる時はあきらめる時でいちいちそこに理由や大げさな儀式が必要になるし……ほんと文字通り、考えてもどうしようもないようなことまで、くどくどくどくど一人で、時には友人達と考え込むわけです。
そして一所懸命に考えて考え抜いて、結局身動きがとれなくなってしまう。
アコが言うように、「男ってのは滑稽」なんです。全然全く否定できません。でも薫くんのお兄さんが言うように、「なにも女の子にいわれなくたってそうさ」ってことなんですね。あーあ、ほんとさまにならない生き物なんです「男の子」は。だから「男の子」のことがよくわからないという「女の子」は、この薫くんシリーズを読めばいいと思います。「男の子」のことがすっかりわかりますよ。
……とはいえこの物語を読んでいると、やっぱり女の子の方がえらいというか、大人というか、したたかというか。「男の子ってわかんない」ってふりをしているだけなのかな、とも思いますが。
てな具合になんやかんや考えてワアワア言っても、「ワレモコウ、アンポダンゴを、こねそこね。」なんてことにならないように、男の子は断固として頑張らないといけないのだなぁ、と思います。はい。
たとえ無理だとしても
かっこよくなりたい気持ちを放棄せず
ジユウ ニ ナリタイ – 斉藤和義
さよなら快傑黒頭巾
ちょっと古臭く感じるかもしれませんが、とても素敵な男の子と、とても素敵な女の子が描かれています。