『Love Letter』劇場公開時のチラシとパンフレット

Love Letter【4K リマスター】
中山美穂、再び……

初めて自らの意思で好きになった異性の芸能人は、中山美穂だった。きっかけは定番の『毎度お騒がせします』。めちゃくちゃ狭い家だったので家族全員が見ていたはずだけど、気まずい思いをした記憶がない。小学生だったからだろうか。それでも、のどか(中山美穂)と徹(木村一八)が海岸でキスするシーンはドキドキしたし、それを目撃した共通の友人(名前は覚えていない)に対しての感情は、初めての「切ない」だったかもしれない。

小学生の間はお祭りの夜店でプロマイドを買ったり、雑誌の付録のポスターを天井に貼る程度には夢中だった。中学生になる頃には興味は薄れていき、たまにテレビで見たら「相変わらずかわいいなぁ」と好意のみを持って眺める存在になった。
大学生になり映画三昧の日々を送っていた頃、アルバイト先のレンタルビデオ店で『Love Letter』のパッケージを目にした。当時はサブカル的なものにも興味を持ちはじめた頃で、困惑しかできない意味不明な映画を観ても、理解できない自分の未熟さを嘆いていた。そんな時代なので「主演 中山美穂」という情報は映画に対する興味のプラスにはならない。むしろマイナスだった。でも、「監督 岩井俊二」という情報はそれだけで「観たい!」となる情報だった。

『Love Letter』パンフレット最終ページ
監督のインタビューなどを読み返し最後ページを捲るとこの素敵な笑顔。思わずこちらも笑顔になり、じんわりと哀しさが広がった。

この物語にはいろんな「他人を想う気持ち」「想いの伝え方」が描かれていて、期待を遥かに超えて暖かい気持ちを抱かせてくれた。そして、認めざるを得ない自分の偏見に気付かされた。僕は無意識に「アイドル主演の映画はつまらない」と思っていたようだ。数年ぶりに観た中山美穂は、物静かで少し幸薄そうな渡辺博子と、少しがさつでチャーミングな藤井樹を、素敵に演じ分けていた。浅はかな偏見を恥じながら、この素晴らしい物語の主演が中山美穂であることがとてもうれしかった。

昨年末の訃報はもちろん驚いたけれど、喪失感みたいなものを感じなかったのは意外だった(なにせ当時はほんとに好きだったから)。子どもの頃にテレビで観ていた有名人がいなくなってしまうことが増えてきて、慣れてきたのかもしれないな——そう思った。
追悼番組には興味を持てなかったけれど、関連する情報を目にするたびに「中山美穂が死んでしまったなんて信じられないなぁ」と思い、少し寂しい気持ちにはなった。その程度だ。でも、『Love Letter』の4Kリマスター上映を知った時、すぐに上映館を調べてチケットを予約していた。

30年という歳月は、物語の受け取り方や世の中の常識が変わるのに十分な時間だ。手紙を書くのはワープロ専用機。風邪を引いて熱があっても仕事を休むことは良しとされない。マスクは布製。「女が男を幸せにする」のは少し変わった考え方で、「男が女を幸せにする」と考えるのが常識。男女を別にした五十音順のクラス名簿には、ご丁寧に住所も掲載されている。おかげでこの物語が成立する。

豊川悦司演じる秋葉は初めて観た時もイラッとしたけれど、今となっては攻撃的な言動が多くて呆れてしまう。悪人ではないのかもしれないけれど、渡辺博子が秋葉に惹かれる理由がさっぱりわからない。「秋葉のモラハラ気質に支配されているのでは?」と心配になる(笑)。

物語のクライマックスで渡辺博子が慟哭するシーンは、今まで愛する人の不在がもたらす悲しさしか感じられていなかった。もう会えなくなってしまった人に想いを伝えられない辛さ、哀しさを知った今、より深く刺さった。そして、「中山美穂はもういなくなってしまった」という現実がありありと感じられて、とても哀しくなった。

でも、素晴らしい物語は、登場人物と観客を哀しいだけの場所に放り出さない。この物語では最後の回想シーンとそれに続くエピローグが、観る側を優しく暖かい場所に連れ出してくれる。

2人の藤井樹が交わす最後の会話は、少し背伸びした優しさと、お互いの伝えられない想いが交錯して、微笑ましくも、もどかしい。こんな素敵な過去を忘れてしまえるものなのか?と驚くけれど、それはつまり藤井樹(酒井美紀)は藤井樹(柏原崇)の気持ちに気づいていないし、特別な感情を持っていなかったという証。藤井樹(柏原崇)はそれもわかった上で、想いを伝えようと決意したんだろう。その方法が運任せなのが、なんともいえず良い。

愛する人への想いが強すぎて間違えた行動をとってしまったり、伝えたいことを正しく伝えられずジタバタする様は、滑稽で切ない。どんな時代になっても——特に若者には——そのジタバタから逃れられない。だからこそ何度も物語に描かれるだろう。『Love Letter』はそのお手本のひとつとして、これからも共感され、愛される物語であり続けるだろう。その物語に中山美穂がいることが、とてもうれしい。

Love Letter

たくさんの名優がちらりちらりと出演している。「あ!あれあの人やんか!」と楽しめることは、疑う余地のない小確幸。

Text by pushman

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