蒲田行進曲
銀ちゃんかっこいい!

最近悪い話ばかりが聞こえてくる大阪のミニシアター界隈。シネコンでもいわゆるアート系作品を上映するようになって久しいですが、影響が直接目に見えるようになってきました。確かに同じ映画を見るなら、より大きなスクリーンでゆったりと見れた方が快適ですしね。しょうがないとは思いますが、いろんな素晴らしい映画を上映してくれた映画館や配給会社がじり貧になっていく様は哀しいものがあります。
そういう意味では、数年前施設の老朽化という理由で閉館になった大阪のミニシアターの草分け的存在、扇町ミュージアムスクエア(OMS)は、結果的にはとてもいいタイミングで撤退したのかもしれません。
そんな考察とは全然関係無いのですが、先日そのOMSにあった雑貨屋さんの閉店セールで購入した『蒲田行進曲』をようやく観ました。

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「スター」と「一般人」の距離がもっともっとあった時代の物語ですが、スターを筆頭に役者達の行動が破天荒すぎます。特に、やたらかっこいい若き日の風間杜夫が演ずる「銀ちゃん」こと銀四郎は、自分がどうすればかっこ良く映るかを常に考え、それを実現させる為には監督の指示を無視することは当たり前。取り巻きの命を危険にさらすことだっていといません。
そんな「大スター」の銀ちゃんに惚れ込んでいる「ヤス」は、銀ちゃんの破天荒な行動から突然嫁をもらうことになり、おまけにその嫁は銀ちゃんの子どもを宿していたり、人生をめちゃめちゃにされます。それでも愛する銀ちゃんと嫁、そして生まれてくる我が子のために、命をかけた仕事に挑みます。

物語の最初に映画撮影の魔法と言うか、「虚構の世界ではなんでもできる」というメッセージがあります。昼でも夜の撮影をしたり、またその逆も。もちろん刀で切られても実際に人が死ぬ訳ではありません。作り物のお話の中では、なにをやっても許されるのです。
……と言えたのは一昔前まで、というのが物語の置かれた状況。この物語の軸になる「階段落ち」のシーンも、実際に死者が出ては困るという理由で撮影が中止の危機に瀕しています。そりゃ実際に事故で死者や重傷者が出れば、確かに困ってしまいますよね。しかし、表現者の中にはその危険を犯してでも「表現したいものは表現するべき。そして、されるべき」と考える人がいます。銀ちゃん、ヤス、映画のスタッフ、そして銀ちゃんにもっとも人生を無茶苦茶にされたであろう小夏ですら、その思いは共有しています。

僕個人としては、やはりこういう人達を支持したいですね。あまり近くに寄ってきて欲しくはありませんけど。無茶をしないとおもしろくならない、とは思いませんが、「思いの強さ」は物語ににじみ出てきます。そういったものに触れた時、観ている側の心がぐっと動くと思うんですよね。
「表現の自由」で許されることへの責任は表現者が持ち、規則で縛るものではないと思うんです。

とはいえこの物語の大スターはほんとに無茶苦茶。でも楽しい。役者としてさらなる飛躍を目指す銀ちゃんの「身辺整理」はもう「ひどい!」の一言。
自分の子どもを身籠っている小夏をヤスに押し付けにきたと思ったら、戸惑うヤスの目の前で小夏を襲ったり、復縁を迫ったり……支離滅裂で無茶苦茶です。でも、風間杜夫の快活なアホかっこよさのおかげで、「銀ちゃんだもんな。しょうがねえよな」と思わせてしまうんですよね。この風間杜夫、ほんとにかっこいいです。

銀ちゃん、ヤス、小夏の三人はみんな自分で納得して、ある種破滅的な道を進んでいきます。
銀ちゃんが全ての発端なわけですが、「他人がどう思おうが、どんな目に遭おうが関係ない」と思える強さを持っているのが「大スター」の一つの条件なのかもしれません。
それを「許す」、あるいは「認める」という行為の根底には、当然ながら愛があります。銀ちゃん、ヤス、小夏が互いに向け合う愛と、映画製作に関わる人たちの映画への愛。目的を達成する為には、まずはなにより愛が必要なんでしょうね。そういう泥臭さいかっこよさと、いろんな形の愛に満ちた、かっこいい物語だと思います。

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「全員むちゃくちゃやんか」と思いましたが、幸せそうだしかっこいいからまあいいか、とも思いました。

Update:

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Text by pushman