パンク侍、切られて候
笑いながら描かれる本質

著者初の長編時代小説。短編集『権現の踊り子』でも「逆水戸」という現実的な水戸黄門話を書いていますが、今度のは時代設定が江戸時代なだけ。どんな話か、というのを説明するのは非常に難しいです。
江戸時代、フリーランスの超人的刺客、掛十之進を中心に、この世は巨大な条虫の胎内にあると信じている宗教団体「腹ふり党」、何でも爆裂させるエスパー、凶暴な猿軍団が死闘を繰り広げるって話なんですが、って書いてても意味がわかんないです。僕はこの一文やられてしまいました。

牢人は抜く手も見せずに太刀を振りかざすと、ずば。

パンク侍、切られて候

この一文が気に入った人は必ず気に入る作品です。この鬼才はまたもや新たな傑作を生み出したということでしょう。

町田康を小難しく解釈している人もいますが、僕は第一に笑いたいから、笑っちゃいけないときに思い出してしまうと危険だな、という笑いが欲しいから読んでいます。この作品に限らず、町田康の作品のおもしろさを読んでいない人に伝えるのは相当むずかしいのです。読んでいる人に話をしても、にやついてしまってそれで終わり。今こうして思い出してもニヤニヤしていたりして。ただ笑えるというだけではなく、「そうそう、そうなんだよな、じつにそう思う」みたいな現代社会批判、自己分析を織り交ぜる、という作風なんですが、文体にかなり癖があるのでダメな人は本当に受け付けないと思います。僕は初めて読んだ作品『くっすん大黒』に収録されている「河原のアパラ」を読み終わったときに、人が頭で考えている事をそのまま文章にするとこんなに笑えるものかと驚き、「町田康の作品を読みたい。ニヤニヤしながら全て読みたい」と思いました。

どの作品にも共通しているのは、電車やドトールコーヒーなど、人が大勢いる場所で読むのは危険きわまりないという事です。
「小刻みに肩をふるわせている」
「下唇をやたら噛みしめている」
「必要以上にうつむいて本を読んでいる」
「頻繁に本から顔を上げにやつきながら周囲を確認している」
こんな人がいたら、町田康の作品を読んでいると思ってまず間違いないと思います。僕は実際こんな痴態をさらしてしまっていますけれど。

そんなにまでして読むのはただただ笑えるからということではなくて、真剣に人間と世界の本質を描こうとしているように思えるからです。美しい娘、ろんのセリフに、町田康の思いは集約されていると思います。

こんな世界だからこそ絶対に譲れないことがあるのよ。

パンク侍、切られて候

僕もパンク侍でありたいです。

2004年05月11日(火)

読書 /

Text by pushman