カリフォルニアの炎
予想できる結末なのに最後まで読ませる物語
知人から『カリフォルニアの炎』を頂きました。やっぱりいいです、この人。ドン・ウィンズロウ。もう最高です、僕にとって。なんか理屈を越えてますね。手が合うというか、波長がすごく合っています。物語のジャンルとかよくわからないのですが、おそらくミステリーです。ミステリーの定義もよくわからないですが。謎のない物語なんてないですしね。とにかく、とても楽しめる物語です。
主人公はこよなくサーフィンを愛する、脛に傷持つ火災査定人、ジャック・ウェイド。彼が愛する砂浜を見下ろす豪邸で、一人の美しい女性が火災の犠牲者となり、その調査を担当する事になる。読者にもすぐに先の読めそうな単なる保険金詐欺のようで、そんな単純なお話ではなく、相当複雑に入り組んだ複数の陰謀に巻き込まれながら、自分の信念を貫き通して強大な組織となんやかんややり合う、よくある物語です。
『ストリート・キッズ』から始まる、ニール・ケアリーシリーズを初めて読んだときも相当わくわくしましたが、物語の雰囲気は変わっておらず、あっという間に物語に入っていけました。ドン・ウィンズロウさんと、翻訳者の東江一紀さんの波長も合っているのか、相当読みやすく、読むのを中断する事が困難な作品です。またもや降りるべき駅で降り損ねそうになりました。登場人物達は、清廉潔白とはほど遠い過去を背負っているのですが、ほぼ全員が個人的な最後の砦をしっかりと、命がけで守っているのが伝わってくる物語です。「汚れちまった人生だけど、心までは汚れちゃいないぜ」といった感じで、ちょっとだけ漂うワルの匂いが猛烈にかっこいいです。
ドン・ウィンズロウは、T・R・ピアソン的な笑いがあります。声に出して笑うほどではないですが、にやつきを押さえるため下唇を噛まざるをえない羽目に何度か陥りました。特におかしな言葉を連ねるのではなく、人が考えている事や行動、事実や常識、思考形態などなどを羅列する事がこんなに笑えるとは。町田康がそこんところをとても分かりやすく伝えてくれています。
最近、「笑える、笑えない」という言い方をよくみますが、小説に限らず、映画でも舞台でも、作品を鑑賞する姿勢としては単に笑いを消費しているだけで、あまり感心できる姿勢ではないと思います。笑えるものを書こうとか、笑わしてやろうとは思っていません。ただ、なぜぼくの書いたもので笑ってくれる人がいるかというと、笑いと泣きって紙一重で、人間のやっていることを、普通に、まじめに描写すると自然に可笑しくなるからではないでしょうか。
BOOKアサヒコム|作家に聞こう|町田康
全く持ってその通りだと思います。町田康はわかりにくい文章を書くと思っていましたが、さらっとシンプルな言葉で難しいことを伝えてくれるんですね。すごいです。そこのところをよくわかっているからこそ町田康にしても、ドン・ウィンズロウにしてもシリアスな場面ににやつく言葉を持ってくるんでしょうね。かっこいいなぁ。
ミステリーの感想を誰かに言いたいときに常につきまとう一つの重要な問題に、「ネタバレ」がありますが、今回の作品はある意味読み始めるとすぐに結末は見えてくるのでちょっと安心です。この物語、結末がわかったとしても、もう犯人は絶対こいつだ!と断言出来ても、最後まで読んだほうがいいです。
ジャックは明らかに世渡り下手です。でも「人として失ってはいけない」と信ずるなにかを持っている人間です。そんな人間の末路なんて、こんな世知辛い世の中では誰だって予想できるというものです。ハッピーエンドは、無いんです。
でも、それでも、ジャックは自分の信念と、大切な人々のために必死に闘うのです。まあこんな風に言葉にしてしまうと「陳腐」なんて言葉では間に合わないぐらい嘘臭いですが、読んでいるときはそんな嘘臭い事を守る大事さ、かっこよさがビリビリと伝わってきます。突き放されたラストシーンを読み終ると「うん、頑張ろう」なんて思ったちゃうわけです。むちゃくちゃかっこいいですよ。