美女と竹林
暴走する男の子の妄想

久しぶりに僕のお気に入り作家となった森見登美彦さんですが、僕の方が年上なので「こんな若造の作品は今後読むまい。ハードカバーでは!」と誓いを立てています*1。そんなわけで、「美女と竹林」は書店で何度も立ち読みしてはニヤニヤし、何度も購入しようとしてはぐっとこらえていたのですが、やっと文庫版が出版されたので喜び勇んで購入してしまいました。

このエッセイ……というかなんといいますか、とにかくこの本、森見さんの文章が好きなら必ずや楽しめます。僕は電車に揺られながら読んだのですが、終止ニヤニヤしっぱなしでした。不自然なぐらい俯きながらマフラーで口元を隠していたので、「ニヤニヤした不審者」と気味悪がられる事は回避できたはずですが、肩を相当プルプルさせていたので、「風邪で体調を崩しながらも周囲に気を使う心優しき可哀想な人」ぐらいには思われたかもしれません。とにかく笑けます。ただこの本の中に、心の奥底を暖かくしてくれるような滋養のある言葉は皆無です。たまに「これはなんと含蓄のある会話だ」と思いそうになりますが、大抵の場合はただの詭弁で、残りは読んでる側の勘違いです。

いきなり身もふたもない事を書きましたが、この本から何か得られるものがあるとすれば「妄想を膨らませすぎるのも悪くないんだな」「妄想好きなのは自分だけじゃないんだな」といった感じの勘違いと安心感でしょうか。もちろん、それは日常的に妄想を楽しんでいる人にしか感じることはできないでしょう。この本の初めに書かれている森見さんの言葉が、この本を存在価値を端的に表していると思います。

森見登美彦氏とは、いったい何者か。
この広い世の中、知らない人の方が大いに決まっている。
したがって、筆者はまず彼を紹介することか始め、遺憾なことに「この人を見よ!」と言わねばならない。さらに遺憾な事に、「見たところで、あんまりトクにはならんよ!」とも言わねばならない。

美女と竹林 – 森見登美彦

はい、確かにおもしろいけど、なんのトクにもなりませんでした。でも、それで全然問題ありません。

僕も妄想を肥大化させる事にかけてはそこそこ自信を持っていましたが、はっきり言って、森見さんにはまったく歯が立ちません。歯が立ったからと言って何の自慢にもなりません。おそらく、この本は女性よりも男性の方が楽しめる気がします。男性というか男の子、ですか。やはり妄想力は女性よりも男性、男性よりも男の子の方が強くて、そのベクトルは「なんでそんな方向に?」という所に向けられることが多いです。「男の子」で思い出しましたが、森見登美彦さんは、悪ふざけや悪のりが大好きな庄司薫っぽいです。どちらも色々真剣に考えて行動を起こそうとしながら、実際には考えてもいなかった現実に振り回される滑稽な男の子を、庄司薫さんは微笑みながら、森見登美彦さんはニヤつきながら描いているような気がします。

肝心の内容ですが、竹を刈る刈るといいながらなかなか刈りに行けない、行かないので、半分以上妄想の話です。もしかしたら本当は全てが妄想なのかもしれません。竹を刈っている証拠が一切ないんです。読んでるうちに本当でも妄想でもどっちでもよくなります。重要なのは、笑える事です。ひとつ、とても魅力的な妄想がありました。名前だけでもわくわくする、「机上の竹林」です。

「机上の竹林」とは、フラスコ内で竹を培養し、ミニチュアサイズの竹林を作り、机の上で竹林の賢人を気取るシステムだそうです。大学院時代の森見さんの研究内容だったとか。日々Macの前でぶつくさ言いながら仕事やなんやかんやしているので、そこそこ心がささくれだってきている気がしてよろしくありません。ということで、「デスクに小さな植物が欲しいな」と思っていたのですが、植物に関する知識は皆無で、具体的になにが欲しいかすら分かりませんでした。そんな僕でも、「机上の竹林」が自分のデスクにある様を想像すると、「これだ、これだよ!」という感じで心躍ってしまいました。幸か不幸か森見さんはあまり立派な研究者ではなく、「机上の竹林」を現実世界に引っ張り出すことには失敗した様ですが、本職の研究家ならやってできない時代ではないのではないでしょうか。是非とも商品化して欲しいです。

一気に読んで相当笑かしてもらいましたが、はっきりと心に残ったのはこの「机上の竹林」という言葉だけですね。あとはもう漠然と「おもしろいなぁ」という感想です。とにかく、「ほんとにおもしろい。とにかく笑けた」としか言えませんので、「なんのこっちゃ」と思った方もまずは書店で立ち読みしてみてください。きっと数ページで肩がプルプルすると思いますので、そうなった方はさっさと購入して一人自宅で妄想世界に浸ってみてください。読了後は「なんとおもしろい! でも、なんの役にも立たんよ!」となりますが、読書なんておもしろければ十分です。それだけで、つまらない現実を生きて行くのに、とてもとっても役に立っていると思います。

1. この誓いは「恋文の技術」によってあっけなく破られてしまいました。

2010年12月14日(火)

読書 /

Text by pushman