恋文の技術
手紙を書きまくって得るもの

知人から「B本だから」と“おもしろかったが二度は読まない本”を定期的に頂くのですが、なにせ「B本」と宣言されている訳ですから、なかなか「読みたいな」という気持ちにはなりません。

読みたい本を読んでしまい、何かおもしろそうな本を探してみたものの、グッとくるものがない。そしてお金もない。そんな状況になってようやく「読んでみるか」という上から目線で数々のB本と向かい合うことになります。それでもなかなか「読みたいな」という気持ちにはならず、タイトルとあらすじを熟読してやっと一つの本を選ぶ事になります。選べない事も多々あります。

そのB本の中にあった森見登美彦さんの『四畳半神話大系』は、さくっと選ばれ、僕の中では「A本」、つまり「とてもおもしろく、所有していたい本」「人に薦めて、貸し付けたい本」となりました。

恋文の技術

それから過去の作品をいくつか読んで、「また一人好きな作家が増えた」と喜んだのも束の間、なんと森見さんは年下であるという事が判明し、「こんな若造の作品は今後読むまい……ハードカバーでは!」と嫉妬心に誓ったのですが、B本を読む事に疲れた頃に『恋文の技術』のあらすじを読んで、ついついハードカバーで購入してしまいました。

一筆啓上。文通万歳!――人生の荒海に漕ぎ出す勇気をもてず、波打ち際で右往左往する大学院生・守田一郎。教授の差し金で、京都の大学から能登半島の海辺にある実験所に飛ばされた守田は、「文通武者修行」と称して、京都にいる仲間や先輩、妹たちに次から次へと手紙を書きまくる。手紙のなかで、恋の相談に乗り、喧嘩をし、説教を垂れる日々。しかし、いちばん手紙を書きたい相手にはなかなか書けずにいるのだった。
青春の可笑しくてほろ苦い屈託満載の、新・書簡体小説。

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数年前、このブログで躍起になって「町田康の本は人前で読むな。特に妄想好きの人は」と警告していました。妄想をとことん肥大させて書かれた物語は、ニヤニヤせずにはいられないからです。森見登美彦の場合、ニヤニヤではすみません。読んでて普通に笑けます。おそらくその原因は森見登美彦の物語が、数ある妄想の中でも最も始末の悪い「男の子の妄想」という、ご都合主義の最たるものと密接に関わっているからです。仲のいい友達と、適当に過去の話やあり得ない話を装飾しまくり、「アレがああだったらよかったのに。そしたらコレもこうなったのに!」ってな感じですね。こういう友達がいる(いた)、という方は、物語の主人公達の妄想と並走することができるでしょう。

ただ、森見作品には致命的というか、致死的な欠点があります。

例えばドトールコーヒーで町田康の物語を読んでいて、一人ニヤニヤしていても、タイトルが『権現の踊り子』『パンク侍、斬られて候』など意味不明なため、最悪でも「難解でおもしろい文学作品を読んでいるのだな。ならニヤついても仕方が無いな。気持ち悪いけれど」と思われるぐらいですみます。まあ十分ひどい状態ですが、事実とそんなに相違はありません。森見登美彦の場合、作品によってはあらぬ嫌疑をかけられる可能性が非常に高まるのです。

『四畳半神話大系』『太陽の塔』はまあ問題無いでしょう。しかし『夜は短し歩けよ乙女』はヤバくないですか? 個人的には「乙女」なんて書いている本を読んでニヤニヤするのはちょっとまずいと考えます。しかも表紙のイラストがなんというか、かわいい系なので……。もちろん中村祐介さんのイラストに問題がある訳ではなく、タイトルとの組み合わせに問題があるのです。

そして最悪なのが、この『恋文の技術』。

物語の概要は先に引用した通りですが、まあほんとにおもしろいです。読んでいて楽しい。例えば実際に起きた事に多少の脚色を加えておもしろおかしく友人に話す。聞いていた友人がさらに脚色を加える。さらに自分も乗っかる……といった感じで次から次へと妄想の妙味を加える事で、目の前にある人生の苦境が消えた気になってしまう楽しさ! 森見作品はその麻薬にも似た妄想の連鎖を絶妙な物語に変えていると思います。

しかし、です。「『恋文の技術』なんてタイトルはつけるべきではなかったのだ!」と声を大にして言いたい。どうしても譲れないのであれば、タイトルはもっと小さい文字で印刷すべきです。さらに念を入れて、名前の上に「小説家」を足して「小説家・森見登美彦」とし、「これは森見登美彦という人の小説である。文学である。断じて恋文の指南書ではない!」という主張をしていただきたかった。「恋文の技術」なんてタイトルの、しかも古風で可憐な表紙の本を公共の場で開き、あろうことかそれを読みながらニヤニヤしている様は、完全に「恋文の技術を求め続け、その妙技を今体得しつつあるという実感に喜びを抑えきれないおっさん」ではないでしょうか。

まあでも、それぐらいの代償はあってもいいかな、と思えるぐらい笑かしていただきました。なにか人生の滋養になるような物語ではないと思いますが、そんな重苦しい物語ばかりでは身動きが取れなくなってしまいますよね。「それわっかるわぁ〜」という絶妙な妄想で笑かしてくれて、ガチガチになりつつあるいろんな所をほぐしてくれる、良き物語だと思います。蛇足ですが、「恋文の技術」に関する知識も得た、と報告しておきましょう。

「恋文の技術」を読了後、最新刊の『ペンギン・ハイウェイ』も買ってしまいました。もちろんハードカバーで。森見登美彦が新境地を目指してどこに向かったのか、とても楽しみです。ちなみにこの人の作品は物語そのものも楽しいですが、直接関係の無い、でも知っていると嬉しくなるつながりが二つあります。一つはよくありますが、いろんな作品に登場する共通のキャラクターですね。ほんとちょっとした事なんですが、知っていると旧友に再会したような喜びを味わえます。そして、もう一つが「文通武者修行」「パンツ番長」「四畳半主義者」「猫ラーメン」「詭弁論部」などなど、実際に口に出すと妙に語呂が良くて楽しい「声に出して読みたい造語」です。一つの造語がいろんな作品に使われている事もあります。そんなこんなで、ついつい他の作品も読みたくなるんですよねぇ……。

年下のくせに僕の物欲を大いに刺激する唾棄すべき作家ですが、今後も「ロマンチック・エンジン」を巧みに操って欲しいものです。

2010年07月18日(日)

読書 /

Text by pushman