矢細君のストーン
ヒコーキノッタラ、オレ、シンジャウヨ

短編集『権現の踊り子』に収録されている一編「矢細君のストーン」。最初にこの短編集を読んだ時は、ラストの「逆水戸」の印象が強すぎて他の作品を覚えていなかったのですが、他の作品もなかなかおもしろい。

祖父から「珍しい石」といわれてもらった、実はなんてことないただの石をありがたがっているアホな男(矢細君)のお話です。そのアホな男が石の力を信じる根拠を主人公は一つ一つ丁寧に潰して諭すのですが、その度に矢細君は根拠の無い説を自らひねり出して、石を信頼し続けます。このやり取りがじわじわとくるおもしろさで、読み終わってからしばらくは思い出しニヤニヤを止められません。

例えば「さざれ石」の効能を引き出すためには、家に祀る必要が有ると気付いた矢細君との会話。

矢細君、不敵な笑みを浮かべ、わかったよ、大きな声で云い、手を伸ばして麦酒をとると蓋を開け、ひとくち飲んで、また、「わかったよ」と云った。
「なにがわかったというのだ」「さざれ石が僕の家に効かなかった理由さ」「なんで効かなかった」と聞いて僕も麦酒を飲んだ。「理由はね、子どもの僕が学校に持っていくなどしてちゃんとお祀りをしなかったからで、やはりこういうものは、きっちりとお祀りをしないとね、だめさ」「ってことはなに? 君は、これを家にお祀りするの?」「もちろんだよ。まあ暫くお祀りをして十分に福徳を授かったる後に転売をしてもいいしね。どうやら僕にも運が向いてきたようだよ」僕は矢細君に、「しかし、お祀りといってどういう祀り方をするのだい」と純然たる疑問を発した。と、矢細君は、「まあ、そら分からんけど、しかるべき方位に向けて神棚を設置して水と米と榊を供えて、まあ後は祈るこころがあればよいのじゃないかね」とすらすら云った。「しかし、君の家に神棚なんて」「ない。だから僕はこれからちょっと行って神棚、三方、瓶子といったものを買ってこよう。ええっと、どこに行けばいいんだろうな。東急ハンズに行けばあるかな」「うーん、どうだろう」

矢細君のストーン – 『権現の踊り子』

もう突っ込みどころ満載ですが、たしかに東急ハンズには神棚がありそうです。福徳を授かった後に転売するというのも、俗っぽくって最高です。主人公が「さざれ石」の秘密に気付くところもとてもリアルで、その過程が読み手にも手に取るように伝わります。テレビに夢中の矢細君に遠慮がちに話しかけるきれぎれな言葉が、その興奮をリアルに伝え、力の抜ける笑いが生まれます。

いろいろなことをちょっと休みたくなったとき、町田康の作品は笑いとともに決して張りつめることのないやる気を起こしてくれるので、とても重宝します。

ヒコーキノッタラ、オレ、シンジャウヨ

ノーギョーヤッテタラネ、ヒリョーダイガカカッテネー

矢細君のストーン – 『権現の踊り子』

読書 /

Text by pushman