巻狩中に至近距離で遭遇した鹿
「近いのに中らない」のには訳がある

狩猟の話で盛り上がるのは、獲物を見事に仕留めた話……ではなく、外した話。獲れて当たり前だろうと思われる状況であれば、より盛り上がる。遭遇した距離が近ければ近いほど、笑える。

「すぐ横を通った」「こっちに走ってきたからひょいと避けた」などなど、ほんまかいなと言いたくなるような距離で遭遇して、しかもそんなに近いのに中らないと、笑うしかない。
「なんで中らんのかわからん」「弾入ってなかったんちゃうか」などとひとしきり盛り上がったあと、実際に至近距離で発砲した人達は口を揃えて言う。

「距離が近すぎたら難しいんや」

僕はこの言葉をただの冗談だと受け取っていた。単純に考えれば獲物との距離が近いほど中る確率は上がるはずだし、中っていないのはちゃんと狙えていないからだ。そう思っていた。ところが今期、至近距離で3回遭遇し、1頭も仕留めることができなかった。かすりもしなかった。3回もすぐそばを鹿に走り抜けられて、今は心から思う。

「距離が近すぎたらむっずい!」

初めての近距離遭遇

初めて近距離遭遇した時の待ち場は、尾根の少し下の雑木林の中。しばらくすると犬の鳴き声が聞こえてきて徐々に大きくなり、鈴の音も聞こえてきた。「そろそろ来るな……」と思っていると、左から聞こえていた鳴き声が少しずつ正面から右側へと移動し、尾根を越えた方から聞こえてくる。「反対やったか……」と思いながら犬の鳴き声を聴いていると、尾根の向こうからは枯れ葉を踏む音が聞こえてくる。「なんでこっちにおるのがわかるんやろ……」と思いながら見えない尾根の向こう側を想像していると、突然尾根から鹿の頭が出てきた。

ここから頭が急速にフル回転。とはいえ高性能な脳みそでは無いので、「なんでそんなとこから出てくるねん!」「この距離で撃ってええの?」「中ったらグロいことになるのでは……」と後ろ向きな思考が一気に湧き出しただけ。獲物が目の前に現れてくれた喜びや「獲るぞ!」という前向きな意志や思考は、全く出てこなかった。

のんびり駆け足程度で尾根を越えた鹿もこちらの存在に気がつき駆け出し始めたので覚悟を決めて発砲。それを合図に後続の2頭もフルスロットルで駆け降りて行った。動画で確認すると、鹿の動きに鉄砲を合わせられなくて、かなり遅れている。適当に撃っても中りそうに思える距離なので、悔しい以上に自分に腹が立った。

尾根を越えてきた鹿
動画から静止画を切り出すと鹿のステルス性能がよくわかる。人間だって動かなければ鹿に見つからない。ちなみに尾根の上にも1頭映っている。
鹿は尾根を越えてからもしばらくこちらに気がついていなかったはず。

真上から真横に

2回目の近距離遭遇は、急峻な尾根の20mぐらい下がった場所。ほぼ確実に通る道があるけれど、雑木林の中なので当然撃ちにくい。自分なりに待ちやすい場所を求めて歩き回り、獣道のドンツキみたいになっている場所で待つことにした。ここなら正面も下も問題なく撃てる。上は岩場になっているので通ることはないだろうし、射線が尾根を超えてしまいそうに思えて気持ち悪いので撃たないと決めた。(実際にはバックストップが取れるけれど、気分的に撃ちたくない場所と状況はけっこうある)

ところが野生の動物は常にこちらの想定の上をいく。

尾根の上でドッシドッシと音が聞こえてきたと思ったら、突然鹿が岩場を駆け降りてきた。犬に追われてもいないので完全に不意をつかれた。とはいえ上向きは撃たないと決めていたので、じっくりと鹿の動きを観察……と思ったらこっちに向かってくるので慌てて存在をアピール。鹿は少し進路を変えてくれて、僕がシルエットを隠すために背にしていた木——今は上を見ているので右手にある木——の横を通ってくれた。

この鹿は手を伸ばせば、というか、手をさっと右に出すだけで触れられる距離だった。生きている野生の鹿とこんなに近い距離で接したのは奈良公園以来。撃たないと決めていたので悔しさはないけれど、この近距離の遭遇を動画で記録できてないのは本当に残念。

平地の茂みからの急襲

3回目に遭遇したのはススキの茂った開けた場所。開けているしススキで視界は悪いので、バックストップがある目の前だけで撃つことにする。カサッと音がした——と思ったらもう鹿がそこにいる。据銃して——というか据銃しながら——発砲するも中らず。銃口のすぐ先に鹿は居たのに。動画で確認しても理由ははっきりわからないけれど、少し上を撃ったのかもしれない。

鹿の挙動がはっきり見える距離だったせいか、中らなくて悔しいと同時にホッとしている自分がいた。狩猟はいろんな感情が絡み合う。

至近距離で遭遇した鹿
こんなに鮮明に撮影できる距離なのに中らなかった。頭付近を狙ったつもりなのに随分と遅れているのがよくわかる。

近距離で中らない理由

3回の遭遇を経験して近距離で獲物を撃つことが難しいことは、心で理解できた。近距離で走られたらスキート感覚で鉄砲を振っては遅すぎる。そしてある速さを超えて鉄砲を振るのは、とても難しい。スキート感覚だと鉄砲を振ることでブレが抑えられるけれど、速く振ろうとすると手だけで振ってしまい、その結果しっかり狙えず雑な射撃になっている気がする。

でも、近距離が難しい一番の原因は(他の中らない原因と同じく)焦りだと思う。待ち場を決める場合、自分の真横を走られることは想定しない。誰だって獲物が走ると想定したコースから10m以上離れた場所で待つはず。それなのに近くを走られているということは、獲物が予想外のコースで来たということだ。読みが外れて焦っているところに獲物が近づいてきたら、落ち着いて狙いを定めることなんてできない。

振り返ってみれば、獲物を仕留められた時はいつだって焦ることなく落ち着いて引き金を引いている。想定外の状況になっても、「あーこういうこと前にもあったわ」と焦らず対応できるようになるには、いろんな状況を経験していくしかない。

そしてもう一つ。距離が近くなると鹿の顔が見えて、生命感を強く感じることになる。その時に撃つ覚悟が、生命を終わらせる覚悟ができていなければ、弾は外れる。というか、外して撃ってしまう。

短期間で経験した3回の至近距離遭遇。こうして振り返ってみると中らなかった理由が(なんとなく)わかったので、次はもう大丈夫な気がする。至近距離で遭遇しないのが一番いいんだけど。

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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