意味がなければスイングはない
音楽への愛に満ちた文章

以前『ポートレイト・イン・ジャズ』というジャズに絞ったエッセイがありました。文章量も少なく、気軽にパラパラと読めるとても素敵な本です。ちなみにイラストは和田誠さんで、まさに大人のための絵本といった感じです。この『意味がなければスイングはない』は、それとは違い文章量も多く、かなり専門的というか気合いの入った言葉が満載です。なにより紹介している音楽人が、濃いです。僕は「ブライアン・ウィルソン」「スタン・ゲッツ」「スガシカオ」しか聴いたことがありませんでした。

このエッセイで何よりも楽しみにしていたのは、スガシカオに対する考察です。大体僕がスガシカオを聴いたきっかけが、春樹さんが「いい」と書いていたからです。ちなみにスタン・ゲッツもブライアン・ウィルソンも同じ理由。ですので、春樹さんのスガシカオ評は猛烈に興味を掻き立てられました。で、やはり春樹さん。わかってらっしゃる。僕が感じていたけれど伝えられなかったことを、的確に表現してくれています。

今ちょっと読み直してみたのですが、感動してしまいました。村上春樹の「スガシカオ」の伝え方に深く共鳴しています。心を揺さぶられるスガシカオの歌詞とメロディを、ゆっくりと丁寧に、心を込めて読み上げてもらい、わかりかけている問題の重要なキーを教えてもらって、自分で解くことができたような感じでしょうか。僕もスガシカオの魅力を、こんな風に伝えられたらな……と思います。
村上春樹とスガシカオの組み合わせになると、止めどなく思念が溢れてくるのでこの辺で止めますが、とにかく、スガシカオが好きな方は、是非読んでもらいたいです。

『意味がなければスイングはない』単行本

他の音楽家の批評、解説はさすがにわかりやすいとは言えませんでした。それは僕の知識不足もあります。でも初めて名前を知った人の方が多いのに、十分興味を駆り立てられます。おそらく、それは解説のおもしろさとかではなく、春樹さんの思いの強さが猛烈に伝わってくるからです。ただそれが村上春樹を特に好きではないという人にどう伝わるのか興味深いですね。

というわけで、Amazonのレビューをざっと拝読しましたが、賛否両論。まあそうでしょうね。その方が健全かと思います。
何かを好きになるということは、自分のなかにある種の偏見を持つことに繋がります。なんで「好き」なのか、「嫌い」なのか、いくら考察しても、他人にそれを理解してもらうのは容易なことではありません。自分が認めていない人のことを誰かに薦められたりすると、その人の評価まで変わってしまうことってありますよね。春樹ファンの中にも、今回の人選は受け入れられない人も多数いるみたいです。まあ、それはしょうがない。

僕自身は相当猛烈に春樹さんの作品が好きなので、かなり偏った人間だと思います。できるだけニュートラルな姿勢で新しい作品にふれようと思ってます。でもやっぱり、春樹さんの文章にはいつも何か特別なものを感じます。
おそらく、物語でもエッセイでも、春樹さんが「自分の伝えたい事」をしっかりと把握して、伝えようとしているからなんですよね。このエッセイでも、「この人たちの音楽は素晴らしいんだ」と判断した理由はわからなくても、基準ははっきりとわかります。その基準を認めるか認めないか、でこのエッセイの受け取り方は随分違ったものになるのかなと。

一時は音楽を仕事にしていたから、もう二度と、音楽を仕事の領域に持ち込みたくない、と思っていたそうですが、結局こうして素晴らしい音楽について書きたくなり、実際に書いた。その具体的な理由はわからないとしていますが、どうもシンプルな理由のようです。

月が消え、
恋人に去られ、
犬に笑われても、
なにがあろうと
音楽だけは
なくすわけには
いかない。

『意味がなければスイングはない』

音楽への愛に満ちた素晴らしい文章を、多くの人に読んでもらいたいと思います。

意味がなければスイングはない

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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