12人の優しい日本人
話し合いましょ

僕は同じ作品を何回観ても笑ってしまう、感動してしまう質なんですが、『12人の優しい日本人』はほんとに飽きない傑作です。名作『十二人の怒れる男』のパロディだと聞いていたのですが、パロディという枠では収まりきらないですね。
日本にもし陪審員制度があったら…というif話なんですが、もうこれも現実に起こりうることになりつつあります。日本では「裁判員制度」というそうで、微妙に陪審員とは違うみたいですが、不勉強でよく理解してません。まあそれはともかく、現実世界でこの映画のように議論が進むとちょっと怖いですね。おもしろいけど。

ある殺人事件の陪審員に選ばれた12人が真実を見極める為に激論を交わす密室劇なんですが、典型的な日本人像を見事に12の人格に分割しています。もうそれは見事に。そしてみんなにそれぞれ共通項というか、普段表に出さない人格も少し持たせていて、それがいろんな議論の伏線になってたりします。いや、さすがですね、三谷幸喜。他の作品もおもしろいですが、僕はこの物語が三谷幸喜の最高作だと思います。

日本人は議論がヘタ、とよく言われますが、議論の技術はともかく、議論することは大好きみたいですね。ブログ界で様々な議論が白熱していることからもわかります。いろんな人がいろんな意見を自由に言い合うことのおもしろさってないですが、あまり後味が悪いのはヤですね。この物語の議論の進み方は、いろいろ参考になるのではないでしょうか。

問題提起する人がいて、それに反応する人。無視する人。しきりたがる人。ルールに厳しい人。おいしいとこ取りをする人。自分の意見を持てない人。参加しない人。消え去る人。まとめる人。意見を押しつける人。他人の話に耳を傾けない人。
まだまだたくさんあるわけですが、ぱっと思いつくだけでもこれだけの人格が対立し、時には協力して真実を探っていきます。ところが前述の通り、これらの人格は完全に独立した存在ではありません。論理的な人が論破されて感情にはしる。無関心だった人が他人の情熱に突き動かされる。話し合いを求めた人が他人の意見を聞かなくなる。
こんな具合に自分の中にも相容れない人格が共存していながら、他人と意見をぶつけ合うのですから、ちょっと相当猛烈大変です。口で言うほど話し合うということは簡単なことではないし、まして他人に自分の考えを理解してもらうなんて、もうほとんど不可能に近いですよね。

でも、だからといって、話し合いが全くの無駄にはなりませんよ、というのがこの物語の巧いところです。陪審員の一人が言う「話してみるもんだな」というセリフは、とても実感がこもっています。それぞれの疑問点を注意深く観察し、丁寧に解きほぐす作業を繰り返しても、12人は真実を見つけられません。でも、想像もできなかった可能性に気付きます。その可能性から目を背ける一人に、ある陪審員が言います。

確かに飛躍のしすぎかもしれない。
でもいいですか。
実際なにがあったかなんて誰にもわからないんです。
被告自身もその瞬間のことはよく憶えてないと言ってる。

でも可能性はある。

『12人の優しい日本人』

なんというかこれは一つの真理だよなぁ、と僕は心の底から思ってしまいます。ある場合には、自分が目にしたことでさえ思い違いをしてしまうのが人間です。その方が幸せな場合もありますが、多くの場合「ギャッ」と声を出しながら顔を真っ赤にして後悔することが多いです。
そうならないためにも、まずは「話し合いましょ」と言いながら、周りの人間といろんな可能性を見つけようとする姿勢が大切なんだと思います。その結果、自分の意見が受け入れられなかったり、間違っていたとしても、自分が気付けなかった可能性に気付かされたんだから、それは多分幸運なことなのです。
12人が部屋を出て日常に戻っていきながら、とても嬉しそうに見える理由は、真実に近づく努力をしたことと、その幸運に気付いたからなのかもしれません。

映画

Text by pushman

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