ダ・フォース
超えてはいけない一線を、人はどうやって越えるのか

2018年05月02日(水)

読書 /

Text by pushman

『ストリート・キッズ』以来読み続けているドン・ウィンズロウですが、近年はおもしろいけれど重たく、読み進めるのがしんどい物語が多く、気軽におすすめできなくなっていました。この『ダ・フォース』もおもしろく重たい作品で読み進めるのがしんどかったのですが、久しぶりに悪くない読後感でした。

『ダ・フォース』上下巻

主人公のマローンは街から悪をなくすために悪しき行為に手を染めていますが、その悪しき行為を正当化するため悪を徹底的に叩きのめします。結果的に自分の信じる正義を遂行でき、真っ当に生きている人々に降りかかる可能性があった悪しき物事を消し去ることができるので、当初感じていたやましさはどんどん希薄になり、正義のための汚れた行為を続けています。そして、その副産物で私腹を肥やし、周囲の人間にもいろいろな恩恵を与え続け、自分の立場をより強固なものにします。しかし、超えてはいけない線を超えたことが原因で、家族や仲間を守るため、そして、せめて警官で在りつづけるために、マローンは自身がもっとも蔑んでいたネズミ(スパイ、タレコミ屋)として生きることを余儀なくされます。

はっきりいって、マローンが追い込まれた状況は完全に自業自得で、その点は物語の中でもいろんな人間から苛烈に指摘され続けます。でも、指摘する人間だって清廉潔白ではないわけで、汚れていようが汚れていまいが、文字通り血と汗を流しているマローンのような現場の警官たちは、真っ先にいろんな意味で犠牲になっています。その事実に対するマローンの怒りは、作者がこの物語を捧げたたくさんの方々への思いと重なるような気がしました。しかし、悪いことは悪いわけで、でもそれは最善ではないかもしれないけれど正しく対応するより良い結果をもたらすように思えることでもあって……と考えはぐるぐる周り続けます。ことの重大さは違えど、こういうジレンマって誰だって経験はあるのではないでしょうか。

基本的に正しい道を進むことが正解だと信じていますが、この物語を読むと正しい道を進んでいる人を助ける必要悪が存在しない世界が存在しえるのか、不安になります。そもそも「正しい」と誰が判断するのかという話になるし。とはいえこの論法だと全ての悪が必要悪として許される可能性もでてくるので、必要悪の存在を感じさせながら、実際はそんなもの存在しない、というのが一番いいのかなと思いました。まあそんな世の中ありえないでしょうが。

マローンは最後に、今の自分ができることの中から良き行いを選んで遂行します。それすら悪しき行為なのですが、マローンが堕ちてしまった経緯を知ると良き行いに思えてしまいます。そして、マローンが警官になって抱いたたったひとつのささやかな望みと、その望みを叶えるためにしてきたことを思うと、たまらなくやるせない気分になります。それでもちょっとだけ救われた気分になるのは、ほんの少しだけその望みに近づけたからなのかもしれません。