少年カフカ
村上春樹と庄司薫

「村上春樹を、全作品で読み直す」というとても個人的な企画を3年ほど前に始めて、先日やっと「東京奇譚集」を読了しました。そして、全ての作品に新たな発見があり、静かに心を揺さぶられました。使っていなかった部分を使ったというたしかな感触が残り、久しぶりに自分と自分の大事な人達のことを考えました。

なんて具合にわりと簡単に自分の心情をさらけだすことについても、いろいろ考えました。それはまあ別の話ですが、とにかく、いい物語とは自分が置かれている状況を浮き彫りにする力があるのかなと思います。だからこそ読み直す度に深く頷けたり、はっと気付かされたりするんでしょうね。当初は全ての感想をBlogに書こうと思っていたのですが、とてもまとめられそうにないので、今は大事に暖めておこうと思います。

ところで、「海辺のカフカ」が発売された時に特設ページが開設されて、春樹さんに直接感想を送ることができました。それをまとめたのが『少年カフカ』です。発売後すぐに購入していたのですが、『海辺のカフカ』を読み直してから読もうと思って、そのまますっかり忘れていました。たくさんの感想があり、読書ってほんとうに個人的で能動的な行為なんだなと改めて感じました。中には首を傾げるものもありましたが、「わが意を得たり」といった感想も少なくなく、とてもわくわくします。

でも、なんといっても、僕がもっとも興奮したのは、375頁の「Reply to 961」です。

ちょうどこの頃、春樹さんが翻訳した『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が刊行直前で、その手の質問が結構寄せられています。961番目のメールでは、『ライ麦畑でつかまえて』と『69』を高校生の頃に読んでいなかった自分に腹が立ったが、『海辺のカフカ』はなぜ自分が高校生の頃に書いてくれなかったのだ、と心の叫びをぶつけれられています。それに対する春樹さんのお返事に「庄司薫」の名前がありました。

「キャッチャー」は高校時代に読みました。またあなたの話題には上りませんでしたが、庄司薫さんの「赤頭巾ちゃん」シリーズもリアルタイムで大学に入ったころに読みました。どっちもやっぱりわりにぴりぴりくるところがありました。べつに大人になってから読んだって、それはそれでいいんだけど、そういうのって若者現役のころに読むとけっこうリアルですよね。

少年カフカ P.375

これを目にした瞬間「あぁ…やっぱり読んでいたんだ」という安堵に似た感情と、好きな作家同士が繋がっている嬉しさで、猛烈にテンションが上がってしまいました。小躍りしました、とはいいませんが、立ち上がって読み直し、怪訝な顔をしている愛猫にまで伝えましたからね。あれほどナカタさんに憧れた瞬間はありません。とにかく嬉しかった。なんというか、しばらくの間、人に対して苛立ったりすることがなくなるのではあるまいか、と思えたのです。残念ながら実際にそう優しくはなれませんでしたが……。

「人生という名の兵学校」の大先輩が、僕に庄司薫を勧めてくれた時に「村上春樹を好きだったら結構気に入ると思うよ」と言っていたのですが、二人の物語の質って全然違うんですよね。でも、「男の子いかに生きるべきか?」といったことを真剣に考えていた庄司薫さんの物語を、春樹さんが読んでいたことはわりにすっと理解できます。でも共通点ってちょっと思い浮かばないです。唯一思うのは、一つのテーマをあらゆる側面から見つめて、いろんな言葉を使ってそれを理解したいという姿勢です。変わっていくけど、変わらないというか。僕はそういうタイプの作家が好きなんですね、結局。

しかし春樹さんは、「キャッチャー」も「赤頭巾」も主人公と同じぐらいの年齢の時に読んでいるんですね。相当猛烈羨ましいです。

2006年10月09日(月)

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Text by pushman