歓喜の島
作者と翻訳家の相性

ずっと探し求めていた『歓喜の島』をやっと手に入れ、大事に大事に読んだのですが……正直今一つでした。いや、相変わらずかっこいいセリフもあるし、先が見える展開だとしても、軽妙な会話がそれを補ってはいます。非情になりきれない主人公もいいです。でもなんかスムーズではないんですよね。僕がこれまで読んでいた、心地いい文体ではありませんでした。

1958年のNY。元CIAの腕利き工作員ウォルターは、欧州から愛するマンハッタンに帰ってきた。民間の調査員に転身した彼は、若い上院議員とその美しい妻の警護の任につく。将来の大統領候補の驚くべき秘密に触れるウォルター。やがて彼は、恋人のアンと共にFBIとCIAの間で渦巻く謀略の真っ只中に捕らわれていることに気づく—。ジャズが響くスモーキーな街に、秘密を隠し持つ男女の悲哀が漂う。薫り高い極上のサスペンス。

『歓喜の島』

違和感の原因は、おそらく翻訳者とのリズムの違いだと思います。原文と翻訳の呼吸が合っていない。翻訳者の能力の差ではなく、相性なんだと思います。だから、東江一紀さん、ほんとよろしくおねがいしますよ。

なんてことを読み終わって真っ先に考えてしまったわけですが、話自体は悪くないと思います。今までの作品もあっと驚く仕掛けがあって読者をびっくりさせるわけではなく、読者の考えられる範囲で話をわざとややっこしくして、会話や状況のおもしろさで引っ張っていましたしね。そういうのは変わりありません。この物語は翻訳者のとの相性を差し引いても、ちょっと文章に魅力がなかったように思います。

もしこの本からドン・ウィンズロウを知った人は、これだけで判断して欲しくないです、絶対。デビュー作の『ストリート・キッズ』、ハードボイルドな『カリフォルニアの炎』、にやつきながらも優しい気持ちになる『ボビーZの気怠く優雅な人生』のどれかを読んでから、この作家との相性を測ってほしいです。

2004年12月25日(土)

読書 /

Text by pushman