本にだって雄と雌があります
要するに、おもろいんです。

書かれていることがなんであれ、読みやすい文体なら、おもしろい文体なら、ずっと読み続けられるし、読んでいたいと思う。多分僕は、読みやすくておもしろい文体なら、その物語自体にあまり魅力がなくても読み通せるし、結構幸せな時間を過ごせる。でも、逆は無理だ。もちろん物語が魅力的であればより幸せになるし、場合によっては物語に深くハマる。

そんな僕にとって、『本にだって雄と雌があります』は、手放しで好きになってしまう類いの物語だ。

『本にだって雄と雌があります』表紙
帯に書かれている森見登美彦の「これが傑作というものです。」がなければ、この感想もその一言で済んだのに。

物語は父親から息子への長い長い手紙という体裁で綴られる。長い上にくだけた、というかふざけた文体で、すぐに本題から脱線する。実際に親からこんな文体の手紙をもらったら、「浮かれるな!」と腹が立つだろう。親が死んでいろんなバタバタが片付いた頃ようやく、苦笑しながら楽しめるかもしれない。幸いなことに僕はこの父親とは赤の他人なので、ずっとひたすらおもしろく読ませてもらった。こんな親がいて羨ましいなぁとさえ思った。

初めて読んだときは(そして読み直したときも)、このテンションがいつまで持つのか、飽きてくるんじゃないかと不安になったけれど、飽きることなくずっと笑いながら読んでしまった。そして、こんなふざけた文体でも、息子や家族を思うあたたかい気持ちはちゃんと伝わることに驚いた。
「その話いるか?」といった感じの小話があっち行きこっち行きして、伏線のようで伏線でなく、かと思えばちゃんと回収されたり。
たまにある下品な冗談もそこはかとない品があって、思わず「ふふふ」と笑ってしまう。笑えるだけの無駄話で構成された物語かと思いきや、読み終わったら心のキャパシティが増加して、なにか大切なことに気がつけたような気分になる、極上の物語だ。

“ふざけた文体”と書いてしまったけれど、笑ったり感心したり涙したりまた笑ったり、情緒が揺さぶってちゃんと心を暖めてくれる、素敵な文体でもある。試し読みで文体の特徴はほぼ掴めるので、ぜひ読んでみてほしい。

本にだって雄と雌があります

読むと笑えて泣けて心が温かくなる、まごうことなき傑作。

Text by pushman

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