チキンライス
松本人志の笑いの本質

世代的なことも大きいと思うが、僕の家はそれなりに貧乏だった。当時はそこまで貧乏だとは思っていなかったけれど、「子どもの頃は結構貧乏でしてね……」とはっきり言える程度には貧乏だった。母親が少ないお金で子ども3人を育て、日常生活をどうやりくりしていたのかさっぱりわからない。
僕を含めた3人の子どもは、それぞれ好きなように育ち、松本ほどの成功は収めていないけれどもそれなりに幸せに生きている。高級外食には縁がないが、外食して食べたいものを我慢することはほとんどないし、顔を合わせれば親はもちろん、お互いにご馳走し合うことも気楽にできる。

『チキンライス』ジャケット

先日久しぶりに実家に帰り、いつものように昔話に花が咲いて、流れでこの曲の話になった。僕は「松本人志と浜田雅功と槙原敬之が一緒に創った」ということしか知らなかったけれど、家族はしきりに「歌詞がええ。歌詞がええねん」と絶賛し、どんな歌詞なのか聞かされた。こういう場合、本人が良いと思っていることが伝わらないこと多いが、めずらしくその良さが伝わってきた。
それでも松本人志が「いい歌詞」を書くことが想像できず、笑いの要素を前面に出して、ちょっとだけじんわりさせる歌なのかなと思っていた。『THE GEISHA GIRLS』が大好きなので、それでも全然問題ないし。

そんなことをすっかり忘れて立ち寄ったCD屋のモニタに、「チキンライスができるまで」という松本人志のインタビュー映像が映っていた。めずらしく真面目に語っているなと思ってしばらく眺めているうちに、その話に引き込まれていた。

松本の「笑いへの思い」は、雑誌などでよく目にしていたし、その姿勢はほんとにかっこいいと思っていたが、その源流を垣間見れた気がした。「思っていたより真剣に創ったんやなぁ」と思っていると、浜田と槇原の歌が流れてきた。自分の家族から「いい歌詞やで」と説明されて、「確かに良さそう」と思えた理由がわかった。
そこには自分たちが経験したことと同じようなことが歌われていた。歌詞を見た槇原が号泣するのも理解できる。もしも家で聴いていたら、涙を流すことは回避できなかったと思う。

自分が体験したいろんな出来事を笑いに昇華してきた松本人志が、笑いの成分を控えめにしてシンプルな言葉で伝えると、こんなに心を揺さぶる歌詞になるとは想像もできなかった。昔から「笑いにはどこか哀しみもある」と言っていたが、その本質がこの歌詞には込められている。松本人志と同時代に生きているのはすごくすごく幸運なことなんだと、改めて思った。

チキンライス

槇原から歌詞を依頼され悩みに悩んで絞り出した歌詞が、松本の笑いのフィルターを通さずに出てきたものというのが、なんとも言えず良い。

Update:

音楽

Text by pushman