イングロリアス・バスターズ
無邪気に楽しむことはできない

久しぶりにふらりと街に出かけたら、『イングロリアス・バスターズ』のポスターが目に飛び込んできたので、「いつから公開かな?」と思ったらなんと初日でした。ということでそのままチケット売り場に直行してきました。

最近まったく映画館に足を運ばず、情報蒐集もしていなかったので、タランティーノが新作を撮っている事すら知りませんでした。この映画に関して知っている情報は「ナチス」「復讐する女」「ブラッド・ピットが出ている」ぐらいだったので、理解できるのか不安でしたが、さすが、ほんとにさすが、タランティーノ。2時間半という長い物語を、ダレさせることなく描いてくれていました。『キル・ビル』もかなり楽しめましたが、緊張感はこちらの方がかなり上ですね。おもしろくなければ返金、というキャンペーンをしているそうですが、劇場を出る頃にはそんなこと忘れちまってる気がします。

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タランティーノ作品の登場人物達は、単純に「いいもの」「わるもの」に分けることができず、それが作品の大きな魅力の一つになっています。とはいえ、見る側は対立するグループが出てくると、なんとなく「いいもの」「わるもの」に分けてしまいます。
この物語なら、当然「わるもの」にはナチス。「いいもの」には家族をナチスに虐殺され、復讐を誓う女「ショシャナ」と、ナチスに追われたユダヤ系で結成されたの「イングロリアス・バスターズ」なる極秘部隊が当てはまるかと思います。が、その描き方がなかなか興味深かったです。

僕たちはナチスの取った行為を知識として知っていますが、この映画の中でタランティーノお得意のえぐい描写を担当するのはナチスではなく、イングロリアス・バスターズ。どんな方法でナチスを殺すのか、また恐れさせるのかが、メンバー紹介になっているぐらいです。

バスターズがナチスを殺す時(または殺してから)、それはもう笑ってしまうぐらいエグイ事します。とても残酷な描写が続くのですが、どこか滑稽に見せるのはさすがタランティーノ。対するナチス側が殺害するシーンは、(こういう表現が適切かわかりませんが)普通の、想像しうる範囲の殺し方です。物語の最後までこのパターンは維持されるのですが、こうして思い返すといろいろ考えてしまいます。

アウシュビッツ強制収用所を描いたコミック『マウス』の著者アート・スピーゲルマンのインタビューを『ナイン・インタビューズ』で読んでから、実際あったことを物語に取り入れる事に対して、「その史実を取り入れる必要はあったのか?」という疑問が頭から離れなくなってしまいました。
今回の場合で言えば、「わるもの」はナチスである必要があったのか、よくわからないのです。

この物語は当たり前ですが作り話です。そもそもそういう政治的なメッセージは無いと思います。だとすれば、完全に架空の話としてもよかったのでは?と、ふと考えてしまうんですよね。僕なりに「わるもの」がナチスである意味を見つけるとすれば、「絶対的な悪」の象徴としてナチスを持ち出し、それに対する残虐な行為は「正義」となるのか?ということなのですが、それでも史実を利用して「絶対悪」を描く手間を省いたようにも考えることも可能です。

結局スパッと納得できる理由がないので、やはりナチスを持ち出す必然性はないんだと思います。でも、そもそもなんのメッセージもない可能性が高い、というか、たぶんそんなもの無いので、エンターテインメント作品として楽しめばいいんでしょうね。……まあそれができないからあーだこーだ考えてしまうのですが。優れた物語はなにを取り入れようが、「楽しい」「おもしろい」だけではなく、いろいろな思いや考えを派生させるということなのかもしれません。

しかしブラッド・ピット、久しぶりに見ましたがかなり良かったです。90年代のブラッド・ピットはほんとにかっこ良くて大好きでした。『トゥルー・ロマンス』のやさぐれジャンキーもよかったし、『12モンキーズ』の怪演は完全にブルース・ウィリスを喰ってたし、『ファイトクラブ』のタイラーは完璧。僕はこの手の狂気をまとった感じのブラッド・ピットが大好きなので、常々「タランティーノとの相性はいいに違いない」と思っていたのですが、期待通りの組み合わせでした。

そして、女性をかっこ良く描くのが本当に巧いタランティーノ。作品毎にレベルアップしてる気がします。ショシャナの人、すごく魅力的でした。

何と言ってもこの作品で一番ヒリヒリさせてくれるのは、ハンス・ランダ親衛隊大佐を演じたクリストフ・ヴァルツ。この人が出てくると緊張で息苦しくなりました。ちょっとティム・ロスに似てます。

おまけにナレーションがサミュエル・L・ジャクソンなんですね。なんともったいない。ちらりとでも出てほしかったです。そして、本当は役者になりたい監督の面目躍如、タランティーノも出てますね。全然気が付きませんでした。
そしてそして、なんとまあハーヴェイ・カイテルまで……。こちらも全然気がつかず。他にも「なんか見た事あるなぁ……」と思っていた人もいろんな映画に出ている有名な俳優でした。映画を見続けないとこういうアンテナ効かなくなりますね。みんな大好きな俳優なのに。
しかしタランティーノファミリーとは言いませんが、ローレンス・ベンダーやワインスタイン兄弟等、タランティーノが世に出る時に力を貸した人たちとずっとつながっているんですね。そういうの、なんかうれしいです。

これはやはりもう一回観たい気がしてきました。とりあえず23日までなら60分はただで見れるし……なんてせこいことは言いません。1,800円以上、十分に楽しませてくれる物語です。

イングロリアス・バスターズ

歴史の一部を物語に組み込むのはいろいろと難しいなと思います。

参考サイト

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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