ニュークリア・エイジ
親しい誰かと共有したくなる物語

初めて読んだ時に心を揺さぶられ、ブログを始めた時に「いつか『ニュークリア・エイジ』の感想を書きたい」と思っていたので読み直したのですが、1回目よりも激しく心を揺さぶられました。

ちょっと乱暴にこの物語を説明すると、「妄想に憑かれた男の、魂の叫び」かなと思います。僕も妄想すること関してはそれなりの自信を持っていますが、その妄想は自分のささやかな生活に彩りを与えるために使用されます。努力もしないで成功したり、突然大金を手に入れたり、果たせなかった想いを成就させたり……。書いてて恥ずかしいですが、この物語の主人公であるウィリアムの妄想に比べたらマシかもしれません。ウィリアムは自分も含めた愛する人々を核戦争から守るために、一所懸命頑張って核シェルターとして穴を掘っているんですが、核戦争はもうすぐ起きるという認識は、男の妄想なのです。

実に傍迷惑な妄想ですが、妄想と言い切れない部分はあるわけです。ウィリアム以外は「核戦争なんて起きるわけがない」と考えています。というか、そう信じたいのです。あまりに大きな問題は個人の力でどうにかできることではありません。だから、「考えてもしょうがない」。でも考えることを放棄したと認めたくないから、核戦争は起きないと信じたいのです。
ウィリアムは「核戦争は起きない」と信じませんし、考えることを放棄しません。できる限り最善を尽くそうと必死に頑張ります。自分が守ろうとしている人からその行動が理解されなくても、諦めません。ずっと誰からも理解されません。ただ一人、この物語の読み手だけが、少しずつウィリアムの気持ちを、不安と恐怖を、理解できるようになります。

この物語を翻訳した村上春樹は、あとがきにこう書いています。

僕はこの小説を読み終えたあとで、誰かとすごく話しあいたかった。そしてもし誰とも話しあえないのなら(話しあえなかった。というのはその時にはまだこの小説を読んだ人がまわりにいなかったので)、何かすがるべき言葉が、空白を埋めてくれるべき言葉がほしかった。

『ニュークリア・エイジ』訳者あとがき

僕もこの物語を読み終えて、同じように感じました。言葉で伝えられる明確な感想や考えを得られず、だからこそこの物語を親しい人と共有して、ざわついた心を落ち着かせたかったのかもしれません。

基本的に物語はおもしろく読めればそれで十分だと思っていますが、おもしろいものから得た「なにか」は、自分の中にしっかりと残って育って行く気がします。この物語からは、それがなにかまだよくわからない、でも大切なものを教えてもらった気がします。

重要なのは実際にそこで起こった物事ではない。起こったかもしれないこと、またある場合には、起こるべきであったこと、それが重要なのだ。

『ニュークリア・エイジ』

読み終わった後じっと見入ってしまう素晴らしいカバーだと思います。

2004年11月27日(土)

読書

Text by pushman