花男
満塁ホームランのビリビリが伝わる物語

久しぶりに『花男』を読みました。もちろんうちの猫「花男」はこの作品から名前を頂きました。

いわゆる「ガリ勉」なだけでなく、ほんとに頭のいい茂男(小3)が、夏休みに突然父親の花男(30歳)と一緒に住むことになり、男として成長する物語。父親の花男は茂男がまだ小さい時に、プロ野球選手になるため家を出ていったものの、実際には草野球の助っ人をしながら、ヒーローインタビューの練習に励んでいるとんでもない男。エリート街道まっしぐらの茂男は完全に見下していて、親子の関係は成り立っていない、というよりも完全に逆転しているのです。とにかく、一緒に住むことになる2人には、「ハードボイルド」な日常が待っているのです。

僕は松本大洋さんの漫画を、なぜか「こじゃれている、一風変わった人々が読むおしゃれ漫画」と思い込んでいて、ずーっと手を付けていなかったのですが、『ピンポン』が映画化されるということで勇気を出して読んでみて、びっくりしたわけです。……熱いなぁ、と。もう猛烈はまってしまって、『鉄コン筋クリート』『青い春』など、どわーっと一気に借りて読みました。で、しばらく間を空けて『花男』の存在を知ったのですが、幸か不幸か誰も所有していなくて、初めて自分のお金を出して手に入れた松本大洋作品は『花男』ということになりました。しかも、内容を全く知らないまま。表紙に「A BOY MEETS A PAPA AND BASBALL」と書かれていたので、「へー野球漫画か」と思いましたが、全然違いました。

松本大洋の漫画の特徴は動きが見える漫画であることです。どの登場人物もいきいきとしています。コマとコマの間も見えちゃうぐらいです。描いていないところも見えてくるんです。表情にも動きが見えます。また、画の構図が独特だったり、道端に脈絡なく河童が寝ころんでいたり、そしてそれがすごく馴染んでいたり。松本大洋という新しいジャンルですね、ここまでくると。ほんとかっこよすぎです。

読者のほとんどは「茂男」として作品世界に入っていくことができると思います。というのも、自分が口にするのはちょっと恥ずかしいようなセリフを花男が大声で叫ぶ度、「いい大人が何を言ってやがる」と思ってしまうからです。茂雄と同じく。で、どこかで自分もそう思いたいと思っている、ということも茂男と共有できてしまうのです。

この物語はもう絶対に電車やドトールコーヒーで読んではいけません。これまでも町田康やT・R・ピアソンの作品を人が大勢いるところで読むことは危険だ、と警告してきましたが、それは「危ない人だ」と思われるのをさけるためです。なぜなら笑いを止めるのが困難だから。この作品は……泣いちゃうので家で読みましょう。僕は家でも一人の時にしか読めません。泣いちゃうから。まだ読んでいないという方で、通勤・通学時に読もうかなと思った方は、かなり気合いを入れないといけませんよ。

僕の友人の元卓球部員は『ピンポン』が好きで『鉄コン』は全く面白くない、と切り捨てていたので『花男』を貸してあげても「めんどくせえなぁ」といった感じだったのですが、夜中の2時に貸して、その5時間後に「今読み終わりました。号泣しました」という反省メールをよこしました。
こう感じるのは男だけなのかな、と思っていましたが、娘さんをお持ちの女性も号泣したそうです。物語の半ば、茂男がようやくちょっとだけ素直になり始める頃、読者の涙腺もゆるみはじめるようです。

「自分で潰さない限り、夢はなくならない」なんて青臭いことを、信じてもいいかな、いや、信じるべきッス!と言えるようになる作品です。とにかく「ビリビリ」すること。これが大事なわけですね。

2004年07月03日(土)

読書 /

Text by pushman