荒木飛呂彦の漫画術
奇妙な漫画家が指南する「王道漫画」の描き方。

私見ですが「画が気持ち悪い」という理由で避けられている漫画第1位は、『ジョジョの奇妙な冒険』ではないでしょうか。そういう僕自身、今でこそジョジョ大好き人間ですが、「画が気持ち悪いな」と思って長年読むことを避けていました。

最近強く思いますが、長く支持されている作品には間違いなく強烈な魅力が備わっています(もちろんその魅力を好きになるかは別の問題ですが)。『ジョジョ』の場合は、その特徴的な気持ち悪い画も間違いなく魅力の一つになっています。そして奇妙な魅力に満ちたキャラクター達。この強烈な2本の柱が支えているのは、独特の世界観と深いテーマが描かれる奇妙な物語です。そのため荒木作品はマニアックな層に向けた異色作だと思われることが多いようです。

しかし、作者に言わせれば『ジョジョ』は「王道漫画」です。では「王道漫画」とはどういった漫画なのか、「王道漫画」を描くためになにが必要なのかを、懇切丁寧に解説しているのが本書『荒木飛呂彦の漫画術』です。

作者の荒木先生は見た目の変わらなさから「波紋使い?」「いや、吸血鬼だ」なんて噂が度々話題になっています。実際その噂も興味深い。しかしもちろん、荒木先生の本当の魅力は、老若男女問わず罵詈雑言を吐かせ、人間はもちろん犬猫までひどい目に合わせ、ワルモノにはワルモノの正義や信じる道があることを示し、主人公であっても時には人の道を外すことを示しながら、根底に『人間賛歌』が描かれている奥深い物語です。

本書の帯(というにはいささか大きすぎる気がしますが)に本文からの抜粋が書かれています。

「企業秘密を公にするのですから、僕にとっては、正直、不利益な本なのです」

荒木飛呂彦の漫画術

リップサービスにしてもちょっと大げさすぎやしないかと思ったのですが、読んで驚き。確かに荒木先生が考える「王道漫画」を書くための技法が、デビュー作から最新作まで、実際の作品を例にこまかく解説されています。ネームと単行本の比較などもあり、普段知ることができない物語が生まれる過程を目と耳(実際には文章なので同じく目ですが)で確認できます。また、他の漫画家と自分の違いなど、興味深い考察も語られています。

荒木先生は漫画の4大要素を「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」だと定義されています。その中でも「キャラクター」にほとんどの比重をかけているのではないかと思えるぐらい、魅力的なキャラクターが多いのも荒木作品の特徴です。
ファンの間では有名な話ですが、荒木先生はキャラクターを生み出す際に、とっかかりとして身上調査書を作成しています。身長体重などはもちろん、趣味や癖、家族構成に至るまで、実際に作中で描くことは無くても、そのキャラクターをとことん作り込むわけです。そうすることで、キャラクターの考え方、行動が作中でぶれることが少なく、ぶれるときにはそうせざるを得ない状況、心情のつらさなどがこちらに伝わるわけです。

残りの要素についても細かく解説されていますが、共通しているのは「基本ルールがしっかりと設定されている」ということです。これは長い物語を描く上で、とても大事なことであり、作者を助けてくれることになります。
キャラクターの身上調査書が顕著ですが、「この次どう動くのか」という状況になった時に、今まで描かれてきたことと矛盾する様な行動や台詞、物語の展開になれば読者は興醒めしてしまいます。時には裏切ることが必要ですが、裏切る対象をはっきりとしておくことが大切。基本ルールを設定することは、作者自身が次の展開に迷った時にそのミスを犯す危険を極端に減らしてくれることになります。

これらの「企業秘密」は荒木作品に通底していることであり、種明かしの側面が無いとはいえません。そのため、今まで生み出した物語からある種の魅力を損なってしまう危険があります。そういう意味で、帯に書かれている「不利益な本」というのは誇張ではないのです。しかし、『ジョジョ』やその他の荒木作品は、魅力一杯の物語として生み出され、長い年月を経て強い物語に成長しています。
おそらくこれは、「王道漫画」の必須条件の一つです。この本を楽しく、興味深く読んだ後も、荒木作品の魅力は全く損なわれませんでした。

長い年月に耐えうる物事に共通することだと思いますが、それぞれ独自の「企業秘密」を持っています。そして、それらはいろんな物事に応用できるということも共通しています。秘密というのは知りたくなるものですが、この本に書かれている秘密を読むと、あんなに独特で気持ち悪い画の漫画が、どうして長年にわたって支持されているのか、そして、新たな読者を獲得してきたかがわかります。そして、その秘密を駆使して描かれている『ジョジョ』を読むと、荒木先生の「王道漫画」「人間賛歌」が心で理解できると思います。

荒木飛呂彦の漫画術

公式サイト

『荒木飛呂彦の漫画術』特設ページ|集英社新書

Update:

Text by pushman

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