Heartfield

What’s so bad about feeling good?

リップヴァンウィンクルの花嫁本当は幸せだらけの世界

2016年04月11日(月)

映画 /

Text by pushman

岩井俊二監督は大好きな映画監督の一人です。ほとんどの作品を観ていますし、何度も繰り返し観ている作品も多いです。しかし『リリイ・シュシュのすべて』があまりにも辛い物語だったという記憶に怯まされ、最近の作品は観ることができませんでした。『リップヴァンウィンクルの花嫁』も「リリイ・シュシュ」と同じような気配を感じ躊躇していたのですが、興味が勝って観にいくことができました。この物語も辛くなるシーンは多かったです。でも、それらを超える素敵な演出と、それに応える役者の演技のおかげで、これから何度も繰り返して観ることになりそうです。

rip-van-winkle

岩井監督といえば女優の魅力を引き出す天才ですが、本作でも「七海」を演じる黒木華さんの魅力を存分に伝えてくれました。冒頭の待ち合わせシーンから素晴らしいのですが、ハッとさせられたのは夫の浮気を知るシーン。浮気相手の彼氏と名乗る男を落ち着かせるためにコーヒーを淹れようとするのですが、人生で数回経験するかしないかという衝撃を受けたことをゆっくりと認識し、それに押しつぶされていく様がとても心に響きました。思い出しても胸が苦しくなります。

また、怪しい怪しいなんでも屋「安室」を演じる綾野剛さんも素晴らしかったです。特別興味をもったことがありませんでしたが、完全に好きな役者の一人になりました。良い人なのか悪い人なのか、優しいのか冷たいのか、まったく掴めない魅力的なキャラクターがハマりすぎ。お金で解決できなかったはずのことまでお金で解決できる力と能力を持ち、なんのためらいもなくその能力を使えるのに、人間臭さを失っていない。七海と酒を飲むシーンで視界が滲んでスクリーンがよく観えなくなったのはこの人のせいです。

21世紀になって、世界は良くなるどころか悪くなる一方な気がします。日本では大地震を発端に、目を背けてきた問題が山積みになっていることを突きつけられました。そして残念ながらそれらを改善できそうな気配は、今のところ感じられません。
日常的には間違いなく便利で住みやすい世の中になっているでしょう。悪くなったことよりも良くなったことの方がずっと多いかもしれません。でも、それらと引き換えたものは二度と取り戻せない類のものだったのではないか、という思いは日に日に強くなっている気がします。昔を美化しているとかではなく。
それでも「この世界にはまだ幸せなことがたくさんある」と思うことがあります。例えば、「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」という世界の見方に触れた時に。そして、観終わって時間が経つほど心に強く印象付けられる物語に触れた時に。

「人と人とは分かりあえない。だからこそ、分かりあいたい」と言う岩井監督が、「真白」を演じるcoccoさんを憑依させて書いたという終盤の長い独白は、人と分かりあえなくても想いを伝えることはできると信じさせてくれます。ネガティブな言葉を思い浮かべがちな近い未来には、こういう言葉を持っていくべきだと思いました。予感通り辛くて厳しい物語でしたが、そんな世界でも幸せは確かに存在すると信じさせてくれる、優しい物語でもありました。

このインタビューを見る限り、僕は岩井監督のよい観客だと思います。

原作と脚本の違いがよくわかります。そして、岩井監督は“映像作家”だとよくわかります。

『打ち上げ花火……』は典型的ですが、岩井監督は先天的に物事をいろんな方向から観ることができるんだなと思います。