矢細君のストーン|町田康
矢細君のストーン|町田康
- Author : pushman|Book|2005-10-30 Sun 10:44
-
短編集「権現の踊り子」に収録されている一編「矢細君のストーン」。最初にこの短編集を読んだ時は、ラストの「逆水戸」の印象が強すぎて他の作品を覚えていなかったのですが、なかなか他の作品もおもしろいですね。一気に読み直してしまいました。
祖父から譲り受けた「さざれ石」に絶対の信頼を置く矢細君に、その欺瞞性を説く主人公。矢細君も「さざれ石」の効能を次々あげるも、ことごとく論破される。しかし、ふとしたことで「さざれ石」の正体に気がついた主人公だが、矢細君はテレビのボクシング中継に夢中。自分の応援するボクサーに「さざれ石」パワーをテレビ越しに送るが…
あらすじを書こうとして相当苦労したのですが、要は祖父から「珍しい石」といわれてもらった、実はなんてことないただの石をありがたがっているアホな男(矢細君)のお話です。うん、今さらっと書いたこの文の方がしっくりきます。
そのアホな男に、主人公が一つ一つそのよりどころを潰していくのですが、その度に矢細君は根拠の無い説を自らひねり出します。このやり取りがじわじわとくるおもしろさで、ふとした拍子に思い出しニヤニヤを招くこととなります。
例えば「さざれ石」の効能を引き出すためには、家に祀る必要が有ると気付いた矢細君との会話。
矢細君、不敵な笑みを浮かべ、わかったよ、大きな声で云い、手を伸ばして麦酒をとると蓋を開け、ひとくち飲んで、また、「わかったよ」と云った。
「なにがわかったというのだ」「さざれ石が僕の家に効かなかった理由さ」「なんで効かなかった」と聞いて僕も麦酒を飲んだ。「理由はね、子どもの僕が学校に持っていくなどしてちゃんとお祀りをしなかったからで、やはりこういうものは、きっちりとお祭りをしないとね、だめさ」「ってことはなに? 君は、これを家にお祀りするの?」「もちろんだよ。まあ暫くお祀りをして十分に福徳を授かったる後に転売をしてもいいしね。どうやら僕にも運が向いてきたようだよ」僕は矢細君に、「しかし、お祀りといってどういう祀り方をするのだい」と純然たる疑問を発した。と、矢細君は、「まあ、そら分からんけど、しかるべき方位に向けて神棚を設置して水と米と榊を供えて、まあ後は祈るこころがあればよいのじゃないかね」とすらすら云った。「しかし、君の家に神棚なんて」「ない。だから僕はこれからちょっと行って神棚、三方、瓶子といったものを買ってこよう。ええっと、どこに行けばいいんだろうな。東急ハンズに行けばあるかな」「うーん、どうだろう」もう突っ込みどころ満載ですが、たしかに東急ハンズに神棚って置いてても違和感なさそうですね。なんでもありますから(笑)。しかも福徳を授かった後、転売するって(笑)もうなんかすごい俗っぽくっていいです。
主人公が「さざれ石」の秘密に気付くところも、なんかとてもリアルで、その過程が読み手にも手に取るように伝わります。おもしろいのは気付いた後で、テレビに夢中の矢細君に遠慮がちに話しかけるきれぎれな言葉が、その興奮をリアルに伝えます。
町田康は、微妙な心の動きのおもしろさを、克明に書くことができるんですね。「純然たる疑問」とかっていちいち書かずともなんの影響もなさそうですが、それがあることによって「っぷ」と吹き出してしまう、力の抜ける笑いが、僕はどうやら大好きなようです。
いろいろなことをちょっと休みたくなったとき、町田康の作品は笑いとともに決して張りつめることのないやる気を起こしてくれるので、とても重宝します。
ヒコーキノッタラ、オレ、シンジャウヨ
ノーギョーヤッテタラネ、ヒリョーダイガカカッテネー
「権現の踊り子」収録作品の感想
-
-
Tag(s): 町田康
- [Book] Next & Previous
Amazon.co.jpで作品情報を見る
