工夫の減さん|町田康
工夫の減さん|町田康
- Author : pushman|Book|2005-10-31 Mon 10:52
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短編集「権現の踊り子」に収録されている一編「工夫の減さん」。初めてこの短編集を読んだ時、タイトルにとても魅かれたのは覚えていたのですが、内容は一切覚えていませんでした。その後読み直すこともなく、たまに「逆水戸」を読んでは笑い転げる日々でしたが、先日最初から読み直してみて「工夫の減さん」の素晴らしさにやっと気付きました。
この物語を端的に説明している文章があります。
博奕で身を滅ぼしたとか女でしくじったとかいうのは聞いたことがある。しかし工夫で身を滅ぼしたというのは聞いたことがない。
つまり、善かれと思って工夫ばかりして、事態をより悪化させてしまうどころか、他人に迷惑をかけ続けているおっさんの物語です。こういう人、というか、状況って誰しも必ず経験してると思いますが、いかがでしょう。
器用貧乏、という言葉がありますが、現実に多く存在するのは、きっと「工夫貧乏」です。そして、おそらく僕もその一人です。だから、減さんが工夫する理由、そしてその楽しさ、喜びが猛烈に理解できます。
工夫して何かを節約し、より良い結果を生めばいいですが、現実にそううまくいくことは少ないです。よくあるのは、小奇麗なつくりのお店なのに、Word で作られラミネート加工された店主自慢の手作りメニュー。それが店にあってれば問題ないですが、もちろん経費削減が主な理由ですので、なかなかそうはいかないですよね。それでもメニュー作成費を節約できている分まだましで、多くの場合、工夫して得るものよりも、多大な労力を工夫自体に費やしたりすることってありますよね。そして最終的には工夫することに喜びを見出してしまうわけです。
Blog にも多いですよね、こういう例。Blog でいろいろなことをやろうとして、やり方を調べるうちに、そっちの仕組みに夢中になっていったり。
人ごとのように書いてますが、それはまあ僕のことです。複数でサイトを運営するにあたって、サイトの管理を楽にできるものを探して Blog に辿り着いたのに、いつの間にか Blog を運営することが目的になってる感があります。またその内ブックカバー作りたいんですけどね。って、僕は一回も作ったことないですが(笑)。
話がそれましたが、つまりこの物語は、なにか特別な感性を持つ人を描いたのではなく、もっとも一般的な人を多少滑稽に描いたんだと思うんです。まあでも「この物語の言わんとするところは…」なんて野暮なことを考えずとも、ただ単純に笑い転げてしまう物語を書くのが、町田康のすごいところです。「俺」が減さんの家で宿酔*1に苦しんで、布団でのたうち回るさまは、酒飲む人なら誰しも一度は経験あるんじゃないですかね。それは例えばこんなことです。
早々に帰ろうと思ったがなかなか布団から出ることができず、それどころか横になっていることすら苦しくて俺は布団のなかで惨憺*2たる状態だった。
でも俺はそのような状態でありながら少しでも楽になろうと布団のなかであがいていた。例えば、左の側頭部を枕にぎゅんぎゅんに押しつけ、掛け布団の縁を顎の下にぎゅんぎゅんに詰め込んだ挙げ句、毛布を抱きしめると身体が楽になったような気がした。─中略─
でもそんななかでも何回かのうち一回は、実に完璧に調整ができることもあり、そんなときは宿酔が終ったような錯覚に陥りさえしたが、もちろんそんなことはなく、また寝返りをうって一から調整をやり直さなければならず、その際は先ほどのとてもいい感じだったイメージが頭のなかに残っていてどうしてもそれを追い求めるものだから、なかなか思い通りに行かない。
僕も何度か宿酔の経験はありますが、これは実にリアルな描写ですね。ここを本屋で立ち読みする際は、周囲の目にご注意を。おそらく、よくて頬がひくつき、最悪の場合は唇がニマーっとひん曲がることでしょう。
ひと昔前の町田康の物語と比べると、明らかに後半が違いますね。昔は笑いの要素に頼るところが大きかった様に思いますが、この物語のラストはかなりいいです。かっこいいです。かなりかっこいいです。最近、阿佐田哲也さんの小説にはまっているのですが、町田康となんか相通ずるものがありますね。この感想かいてて気付きましたけど。それは、必死にあがきながら、でもいくぶん道を踏み外して生きている人たちへの、温かい目線でしょうか。その外した道が、阿佐田哲也と町田康では随分違いますが、勧善懲悪でもなく、かといって冷たく突き放すわけでもない、とてもリアルな物語の流れが、相当猛烈な余韻を残します。そこにはなにか、人生の滋養になる大事な何かがあるような気がします。
俺はグラスを持って女に近づいていき、
「それにしても減さんは工夫の好きなやつだったよねぇ」と話しかけた。
女は俺の顔を見て、「そうだったっけ」と言って首を傾げた。俺は、
「けっこうそうだったよ」と小さい声で言って麦酒を飲んで噎せた。- 権現の踊り子
町田 康
講談社:2003/03/26
価格:¥ 1,575(定価:¥ 1,575)
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***「権現の踊り子」収録作品の感想
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