2004-11-27 Sat
ちょっと前に読み終わっていたんですが、感想を書くことにとても慎重になってしまった「ニュークリア・エイジ」。読んだのは2回目だったのですが、この物語を深く感じるためには、1回読んだだけでは全然足りていなかったようです。
一言で、かつ乱暴にこの物語を説明すると、「妄想に憑かれた男の、魂の叫び」なんて感じじゃないかと思います。僕も自慢じゃないですが結構妄想力はあると思います(自慢にできるわけがない)。だから「東京大学物語」の村上直樹を初めて見たときは「やっぱりこういうやついるんだ」と少し安心したものです。しかし、僕も村上直樹もその妄想力は、主に自分のために使用されるのですが、この物語の主人公の妄想力はもう全然スケールが違います。もちろん自分を含めた愛する人々を守るために頑張っているんですが、何から守るって「核戦争」なんです。もう僕なんかとは全然まったく違いますね。
子どもの頃から「核戦争」の恐怖に取りつかれた主人公ウィリアム。どうにかこうにか自分の妄想とうまく付き合っていくのですが、結婚し、子どもが産まれ、とても幸せな生活の中で、再び「核の恐怖」に取り憑かれ、自分達の核シェルターを造るために、庭に穴を掘り始めます。
とんでもなくアホな男の物語と思われるかもしれませんが、僕も率直に言って「アホか」と思いました。でも、とてもそんな一言で片づけられる物語ではありません。ウィリアム以外の誰もが「そんなこと起きるわけがない」と思っています。というか、そう信じたいのですね。困難のスケールが大きくなると、その不安の大きさから目を背けたくなる気持ちも大きくなります。だから、自分以外の事、自分の力ではどうにもならないことを、多くの人は考えません。考えてもしょうがないですから。でも、ウィリアムはできる限り、最善を尽くそうと必死に頑張るわけです。自分が守ろうとしている人からも、その行動は理解されません。本人以外誰も理解できません。
ところが、この物語を読んでいる間に、おそらく読み手はウィリアムの気持ちが理解できるようになります。少なくとも感じることはできます。
最初この本の表紙(平野甲賀さん)を見たとき「なんのこっちゃ?」と思ったのですが、読み終わった後、じっと見入ってしまいました。
とても読みにくい感想で申し訳ないですが、とても考えをまとめられません。少しでも興味を持たれた方は、翻訳者の村上春樹さんのあとがきを読んでみてください。そこにはこんなことが書いています。
僕はこの小説を読みあえたあとで、誰かとすごく話しあいたかった。そしてもし誰とも話しあえないのなら(話しあえなかった。というのはその時にはまだこの小説を読んだ人がまわりにいなかったので)、何かすがるべき言葉が、空白を埋めてくれるべき言葉がほしかった。
これだけでも、いかに村上春樹さんがこの物語に強い衝撃を受けたかわかりますが「海辺のカフカ」にこの物語からの影響と思われる個所がいくつもあります。「海辺のカフカ」を読んでいるときは気付きませんでしたけど。「世界はメタファーか?」「銃は撃たれなければならないのか?」なんていう直接的なことから、ほんとにいろいろとつながっています。
もっと読みやすくまとめて、分かりやすく書きたかったのですが、結局感じたことをそのまま羅列してみました。僕は「ほんとに激しく心を揺さぶられた物語なんですよ」ということが言いたいだけなんです。なんだか国内外で起こっているいろんな問題、自分自身の身近な出来事なんかを一緒くたにして「今すべきことってなんなんだ?」という回答を、必死にあがいて、猛烈な妄想力で、見つけださないといけないんじゃないかな、と思います。
…最後までよく分からん感想になってしまった…
重要なのは実際にそこで起こった物事ではない。起こったかもしれないこと、またある場合には、起こるべきであったこと、それが重要なのだ。
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