ストリート・キッズ|ドン・ウィンズロウ

ストリート・キッズ|ドン・ウィンズロウ

Author : pushman|Book|2005-01-08 Sat 12:06

先日読んだ「歓喜の島」があまりにも消化不良というか、歯痒かったので「ストリート・キッズ」を読み直してしまいました。「歓喜の島」も悪くはないんですけどね、やはり翻訳者との呼吸が合ってないんでしょうね。「ストリート・キッズ」を読みなおして、そう確信しました。

「この淫売の私生児」元ストリート・キッド、ニール・ケアリーの物語。「盟友会」の一員である、ジョー・グレアムに探偵稼業のイロハをたたき込まれたニールですが、現在は立派な大学生。彼女ともうまく付き合い、それなりにうまく生活していたところにグレアムから仕事の連絡が。内容は副大統領候補の娘、アリーの捜索。

探偵として成長していく回想シーンと、この事件のややこしい人間関係から人として、男として少しずつ成長していく対比がほんとに素晴らしくおもしろいです。

初めて読んだのは、今からちょうど 2 年ぐらい前でした。僕はミステリーにあまり興味がなかったし、表紙もなんだか受け付けず、読み始めるまでに結構時間がかかったのを覚えています。ですが、プロローグを読み終わる頃にはそのリズムと、絶妙な会話にものすごい勢いで引き込まれていきました。もし学生の頃にこの物語を読んでいたら、僕の将来の夢リストのかなり上位に「探偵」という二文字が並んでしたことでしょう。いや、そのまえに「凄腕のスリ」にならないと…なんてぐあいに妄想を続けていたことは間違いないですね。

なにがおもしろいってこの物語、シリアスなシーンがないんです。いや、あるにはあるんですけど、その書き方がすごく力が抜けていて、まるでニヤリとさせたいがためにシリアスなシーンを用意しているのではないかと思うほどです。探偵モノなので、けっこう切羽詰まったシーンは多いんですが、そこの描写が見事です。特に待ち伏せや殴り合いなんかをするときの心理描写は最高です。

ニールの潜伏先に、ある本とアリーを奪いに来るコリンが、まさにニールを追いつめるシーンなんかがわかりやすいので、ちょっと長いですが引用させてもらいます。

コリンは半秒差でニールを追っていた。ワックスがかけられた台所の床に、全速力で差しかかったときとき、すべすべの革のローファーを履いた両足が、体の前方にすっ飛んでいった。ぴかぴかのリノリウムの床に、激しく頭を打ちつけてから、背中で着地する。ニールはモップを頭上高く振り上げて、エベレストの山頂に国旗を突き刺すかのように、モップの柄をコリンの股ぐらにたたき込んだ。この一撃によって、痛みという概念に新境地を開いたコリンは、胎児みたいな姿勢で、うめきながら床を転げ回った。

ストリート・キッズ

その後、アリーをかついで車に乗り込み、車と格闘するニール。

アリーが意識を取りもどした。「なあにやってんのお?」眠たそうに訪ねる。
「これから、ドライブに出かけるんだ」
「楽しそおねえ」と、にこやかに言って、ふたたび眠りに落ちる。
うん、楽しそうだね、とニールは思った。こいつのエンジンが動いて、ここから脱出できれば……。イグニッションにキーを差し込んでみる。トランクの鍵なので、入らない。ドアの鍵を両面とも試してみたが、やっぱり合わなかった。

…中略…

イグニッションキーがぴったりとはまった。まるでイグニッションへ差し込むために作られたキーであるかのように。

ストリート・キッズ

この後ももっと激しい死闘と、素晴らしい描写が続くきます。というか、もっとにやつくシーンがいたるところにありますが、これだけで「お!」と思った人は、必ず気に入ると思うのでぜひ立ち読みでも何でもいいから読んでみてください。

他の作品をからもわかるんですが、ドン・ウィンズロウという作家はミステリーとしての仕掛けがどうというよりも、人物描写、心理描写がもう抜群にうまいんですよね。さしておもしろくない話でも、興味深い、おもしろい話に変えてしまう人です。ちょっと違うんですが、町田康とか、T・R・ピアソンとかに近いタイプだと思います。この人たちは、人間や物事の本質をしっかり見ようとしているから、真剣さの中の滑稽さがわかる人たちなんだと思います。突飛な設定や状況を考え出すのもすごい才能だと思いますが、僕はどちらかというと、普通の日常をおもしろくできる人のほうが好きなんだと、この感想を書いていてわかりました。うん、やっぱり Blog を初めてよかったなと。

話をストリート・キッズに戻しますが、僕がこの物語を好きな最大の理由は、ニールとアリーの切ない物語です。ニールがアリーに対してどう行動し、どういう感情をもつのか自分で想像するのですが、物語はどんどんその方向に進みます。しかし、その道は行ってはいけない道なんですよね…僕なら絶対そっちをとってしまうような気がしますが、ニールはプロの探偵として、ギリギリの線を守るために自分の感情を殺していきます。

ニールはそうやって確実に成長していくのですが、その成長がかっこよくもあり、悲しくもある、なんとも切ないシリーズです。この後に続く「仏陀の鏡への道」「高く孤独な道を行け」でもニールはちゃんと成長していきます。しかし、切なさではまだ学生のままのニールのこの物語が、一番です。

最初はしっくりこなかったこの本の表紙も、読み終わってから見てみれば、もうこの世界にしっくり来ている気がします。最初にこっちの表紙に触れたということもあるでしょうが、ドン・ウィンズロウの世界には、角川文庫から出ているものより、こっちの方があっていると思います。なよっとしたところとか、線の細いところが。そういう物語に直接関係のないところまで、僕が最初に抱いた感覚を根底から覆してくれた物語です。

この物語、誰かを守ったり、誰かに守られたりしていることが、ほんとうに素晴らしいことなんだということが、じわーっと染み入りますよ。自己犠牲とかそんなたいそうなことではなく「そうしたい」と思うことが、とても大事なんだなと。自分がそう思ったときに、実行できる力を持っておくことが「責任をとれる」ということなんでしょうね。なんてことを、男の子は何かにつけ考えていたりします。マイッタマイッタ…

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