逆水戸
水戸黄門をリアルに描いた小品

短編集『権現の踊り子』の中だけでなく、今までの町田康の作品の中で間違いなく何も考えず単純に笑える作品です。意味不明なタイトルですが、しばらく読むと「逆・水戸黄門」ということだと気付きます。なにをもって「逆」といってるのかというと、まあなんというかとても現実的なのです。やくざ者から借金をしてる男は善人で人に騙されたりしたわけでなく、ただの博奕好き。でてくる代官は全然悪くない普通の代官。黄門様も虚栄心が強く、身を隠しているくせに誰も黄門様に気が付かないと、それはそれでむかついたりしています。

ふと思いついた設定がなかなかおもしろそうなので思いつくまま筆を進めた、といった感じの勢いある冒頭です。

誰もがむやみに人を殴りたくなるような貞享三年四月。腐ったような里山に新緑のぼけが芽吹いていやがった。

逆水戸 – 権現の踊り子

人物描写なども万事この調子。水戸黄門にありがちなエピソードが土台になっていますが、登場人物全員が普通の人なので、「そりゃそうなるわ」とつっこまずにはいられないドタバタ劇になっています。発想の勝利ですね。シリーズ化してほしいです。なんならドラマにもして欲しいです。

この物語を読んだからといって何か人生の滋養になる、とは思えません。でも、なにかを失ったりもしません。ただただ笑えるだけ。「笑うこと」は身体に良いといわれています。人生の滋養にならなくても身体には良い、とても実用的な物語だと思います。

権現の踊り子

『工夫の減さん』収録の短編集。他の短編もさらっと読めておもしろく、町田康入門に最適の一冊。

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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