不幸な子供|エドワード・ゴーリー
不幸な子供|エドワード・ゴーリー
- Author : pushman|Book|2005-10-27 Thu 01:09
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表紙からして嫌な予感のする「不幸な子供」ですが、期待を裏切らない、相当猛烈不幸な子供のお話です。不幸なんて言葉じゃ生易しすぎますね。こういう状況を生き地獄というのでしょうか。しかし、読んでいる間はこちらの予想を上回る不幸の波状攻撃で、悲しみはもちろん、怒りの感情なんて起こるはずもなく、ただただニヤニヤしっぱなしでした。
物語が始まった直後はお金持ちの両親の愛情を一身に受け、不自由なく暮らしているであろうシャーロット。ある日父親が戦争に行くことになるのですが、その日から不幸な日々のはじまりはじまり、なわけです。もうこの時のシャーロットの表情で、十分不幸の予感がするのですが、次のページで父親の戦死を知らされる母親の表情が最高。呆然とする、っていうのはこうなる状態なんだなと、はっきり理解できるでしょう。しかもこの母親、母親の強さなんてどこ吹く風で、あっちゅう間に衰弱死しちゃいます。
その後も万事そんな調子で話が進みます。つまり、不幸街道まっしぐら。事態が好転しそうな気配すら無いんですね。しかも絵が最高で、悲しみを描こうとか、悲惨さを書こうとか、もうそんな意図は全然ないんです、多分。悲惨な絵をおもしろく描いているんですよね。僕だけがそう思っているわけではないと思いたいですが(笑)。叔父さんなんて煉瓦が落ちてきて死んじゃうんですが─ってこれだけでもおもしろいのに─、その煉瓦が直撃している「あっ…」っていう感じの首の曲がり方なんか最高です。しかも翻訳は「脳天を砕かれてしまいました」。もうニヤニヤするしかありません。
その後も最高に不幸な出来事の連続なんですが、別にそれ無くても全然かまわないだろう、という句読点のように一拍置くための不幸もあるんですよね。(笑)。いかにも「ついでに」といった感じです。
まあこんな感じで、読者のある種の期待「少しは幸福な出来事を…」「ハッピーエンドを…」というのをことごとく裏切り続け、最後の最後は読者の予想通りという(笑)、なんともすごい物語です。きっと読んでるうちに、次のページの不幸を予想できるように洗脳されちゃうんですね。最初の頃感じるであろう罪悪感なんて最後には忘れてしまいます。あまりにショックなことが有ると、なぜか笑ってしまう時がありますが、それと同じですね。度を越した不幸話は、猛烈におもしろいのです。それを助長しているのが、柴田さんの翻訳であるのは言うまでもありません。
解説でも触れられていますが、あるコマからずーっとシャーロットを見守っている(笑)奇妙な生き物がいます。これが何なのかわかりませんが、くれぐれも自分の視界に現れないことを、強く願います。
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Tag(s): エドワード・ゴーリー / 柴田元幸 / 絵本
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