2010-09-07 Tue

月光の囁き|塩田明彦

変態漫画「月光の囁き」を原作とした、変態映画にして純愛映画の素晴らしい物語です。そして、原作の世界を壊さず、映画独自の世界を構築している数少ない作品の一つでもあります。

物語は、同じ剣道部に所属する同級生、北原紗月に恋心を抱く、日高拓也の青春純愛物語として幕を上げます。しかし、校庭を歩く紗月の姿をじっと見つめる拓也の視線の先に「あれっ…あれあれ」と思っていると、あっと言う間に拓也の変態性が暴露され、さわやかな雰囲気はぶち壊されます。そして、拓也は見る側と紗月を、じりじりっと変態純愛物語の世界に引きずり込みます。

欲しくてたまらない物の代替物というのは、思っているよりも世の中に存在していると思います。しかし、欲しくてたまらない人、となるとそうはいきませんね。まあ仕事なら代わりとなる人を育てる事もできますが、恋愛や友達となると、どんなに魅力的な人であってもある人の代わり、というものにはなり得ないと思います。まして物では人の代わりにはなりません。

しかし、この物語の主人公拓也は、紗月と自分が付き合うなんてことは叶わない夢だと考え、紗月の代替物として、彼女が身に付けていたものを求め始めます。おそらくは軽い気持ちで始められた、「紗月の分身集め」という歪んだ愛は、やがて拓也の純粋な愛情と混ざり合い、切り離せなくなります。紗月と付き合い、その変態的行為が紗月にばれた拓也は、「自分は紗月にどう思われようと、紗月を愛している」という事実、そして「自分なりの愛の形」に気が付きます。他人から見れば開き直っただけとも取れますが、紗月からどんな仕打ちを受けようとも、拓也なりに紗月を愛し続けます。自分以外に守るべきものを持ってしまった人間は、どんな経緯であれ強くなるんでしょう。そして紗月も、自分に起きつつある変化から目を背けることができなくなります。

こうして拓也は愛と性癖に目覚め、自覚的にその道を行きます。そこには「紗月のそばにいたい」という悲痛な想いはあるのですが、「紗月を手に入れたい」という想いは無さそうです。拓也の行動がストーカーとは違うように見えるのはそのせいかもしれません。

一方、気がつけば拓也の道に引きずり込まれていた紗月のとまどいは、ほんとに切ないです。普通の17歳の女の子が望むであろう道へ必死に戻ろうとする紗月ですが、自分が愛する男はその先には居ないのです。拓也への復讐とも取れる行動を繰り返す紗月が、拓也の身勝手ながらも切実な告白を聞くシーンはこの物語の中でもっとも切なく、紗月と拓也が本当に結ばれ始めるシーンでもあります。

拓也

嫉妬もするし…傷つきもする。苦しゅうて悲しゅうて…胸ん中、ナイフでかき回したみたいに傷だらけや。そやけどの、失うても、代わりのもん見つけるんや。必死になって探し出すんや。…俺は知りたい。紗月の何から何まで…
…中略…
傷つくかもしれんし、苦しいかもしれん。そやけど、俺は知りたい。紗月のこと全部…

紗月

普通に付き合うとった方が、もっと何倍も知られたとは思わんのか…

拓也

神様が間違うたんじゃ…

月光の囁き|塩田明彦

この日、紗月は自分の変化を受け入れます。そして、二人によって物語はさらなる深みに引きずり込まれていきます。

この映画、主演の二人がほんとに素晴らしいですね。一見普通の素朴な高校生に見える拓也ですが、内に秘めた変態性が伝わってきます。別に水橋研二さんが変態という事ではなくて、そういう演技ですよ、もちろん。紗月を見つめる目線は弱々しいのですが、まっすぐです。その変態性を秘めた純愛は、力強く屈性し、紗月の奥底に届きます。

そして、なんといっても紗月を演じているつぐみさんがいいです。前述の紗月が自分の変化に気付くシーン。このときの目は「これは…ほんまもんやな」と思わせます。そして、その後の紗月が発散させる妖し気な色気は、つぐみさんが元々持っているものだと思います。「もっきり屋の少女」でもむちゃくちゃエロい少女を演じてましたもんね。最近見ないですが、もっと注目されてしかるべき女優さんだと思います。はっきり言って、日本映画界の至宝です。

そして、この二人を見初めた塩田明彦監督の演出も素晴らしいです。漫画を映画化する際、時間の制約や表現方法で、原作と比べるとどうしても薄くなってしまいがちですが、絶妙に濃縮し、見る側に考える余地を残してくれます。こういう事が上手くいくと、原作とは違う一つの物語として成立する、とても素晴らしい見本だと思います。

印象深いシーンは多々ありますが、これほど素晴らしいラストシーンも珍しいと思います。相当猛烈好きなラストシーンの一つですね。なんとも言えない居心地の悪さと言うか、「どないするねん…」というもぞもぞした感じが続き、そこで流れるスピッツの「運命の人」。個人的にこの瞬間のカタルシスは、「時計仕掛けのオレンジ」の「雨に唄えば」、「トレインスポッティング」の「Born Slippy」に近いものがあります。まるでこの映画の為に書き下ろされたかのような歌詞もいいですね。「これはほんとうに良い映画だ!」と確信する後押しとなっている、素晴らしい音楽です。

「月光の囁き」プレスシートとチラシ

「月光の囁き」は映画だけでもほんとうに素晴らしいですが、より深く楽しみたいと思った方は、原作も読んで欲しいですね。原作を読む事で、塩田監督の絶妙な編集とまとめ方の素晴しさがじわっと伝わります。心に深く残る物語というのは、物語が終わっても、受取手がその後をいろいろ想像してしまう物だと思います。本当の意味で終わらない物語ですね。この映画は、原作を知る人にその後の物語を暗示させ、見ていない人にも「なぜその人物が…?」という妙なひっかかりを残して終わっていきます。その答えは万人が受け入れられるものではないと思いますが、愛の形に決まりはないんだなという事を認識させてくれると思います。

スピッツの草野マサムネさん曰く、この作品は「思春期をひきずっている男」は必見だそうです。となると、僕のように森見登美彦作品の「腐れ大学生」に共感を覚えてしまう、もはや「思春期をこじらせてしまった男」は、義務として見なければいけないと思います。

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変態だって別にいいと思います。

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2010-09-07 Tue / Author - pushman / Movie / Comment - 0 / TrackBack - 0

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