僕のニューヨークライフ|ウディ・アレン
僕のニューヨークライフ|ウディ・アレン
- Author : pushman|Movie|2006-03-05 Sun 17:08
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僕はウディ・アレン大好きっ子なんですが、最近の作品は安心して見れる反面あまりにも心に残らず、誰かにお勧めはできないなぁ、といった感じの物語ばかりだったと思います。なんというか、僕みたいにもう好きになってしまったら外すことはないんですが、今まで見た人には特になんの印象も与えない、まあ「巧いなぁ」とは思うんですが、取り立ててなにか褒めるところもないというような。特に「メリンダとメリンダ」なんて見ていた時は結構楽しんでいたのにいまでは内容を全く思い出せません。それでも好きなんですけどね。簡単にいえば、最近の作品は所有欲が全く出てこないわけです。
そんなわけで、新作「僕のニューヨークライフ」は楽しみではありましたが、特に期待はしていませんでした。キャスティングは自ら「うまい」というように、今回もばっちりですね。クリスティーナ・リッチ演じるアマンダ。いいです。えらいかわいかったです。まあ相変わらずの体形でしたが(笑)。ジェイソン・ビッグス演じる若き日のアルヴィ・シンガーみたいなジェリーもいいですね。二人がレコードショップで愛を確かめ合うシーンは 70 歳の爺さんが考えたシーンとは思えません。いいですね。僕までアマンダに恋しそうになりました。
ただ作品自体の感想は最近の他の作品と同様「ひたすら巧いなぁ」といった感じでした。ラストシーンはあざといですが見事です。「人生なんてそんなもんだ」という説得力に満ちています。ただ、なんというか妙な胸騒ぎというか、なにか大事なことを伝えわすれているような、ひっかかりが残りました。なので久しぶりにパンフレットを買ってみて(かわいかったのも一つの理由)、いとも簡単にその理由がわかりました。
ウディ・アレンを好きでずっと見てきてなんでこんなことに気がつかなかったのか。相当猛烈悔しい。この物語、過去の代表作にそっくりです。ミルクマン斉藤の解説がすごくわかりやすくていいですね。では、僕のひっかかりは「過去に見たことがある」という既視感だったのか。そうじゃないんですね。もちろんそれもあって、そのことは(珍しく)パンフレットが見事に解決してくれました。僕がなーんか落ち着かなかったのは、ウディ・アレン演ずるドーベルの様々なセリフです。まあそれも今思えば過去の作品との対比で感じていたのだと思いますが。
執拗なナチス批判や、力をもって自己を守ること。そういうわかりやすい主張を上質のジョークとして使ってきたのがウディ・アレンです。自分で言うのもなんですが、ウディ・アレンのジョークで笑うことはちょっと気分いいわけです。「うんうん、わかるよ。僕はいろんな示唆にみちた上質のジョークを理解できますよ」といった鼻持ちならない嫌みったらしい感じですね(笑)。そんなふうに披露されていたウディ・アレン独特のジョークが今までとは明らかに違う語られ方をしています。
9・11 テロを意識していなかったことはないでしょう。むしろ、その時のアメリカがもっていた全体的な雰囲気をドーベルは体現しています。「もし強盗に襲われたら」という理由でロシアのライフルをバーゲンで買ったり、サバイバルグッズをため込んだり。備えあれば憂い無し、というのは確かに有効な行為かもしれませんが、このドーベルは度を超えた備えを求め、そしてまたその被害妄想を拡大させていきます。それはウディ・アレンがジョークのネタにしていた世界なはずです。「現実が物語を越えた」とき、ウディ・アレンのジョークもジョークにならなくなってしまった。少なくとも「鼻持ちならない嫌みったらしい」笑いは生まれません。
徹底的に自分の意志を、自分自身を大事にすることを説くドーベルは、今までのウディ・アレン像をぶち壊す行動を起こします。ちんぴらにコケにされて一度は引き下がりますが、今までなら「筋肉野郎にはウィットで勝負」していたウディ・アレンが暴力行為に走ります。なんというかもちろん滑稽なんですが、僕は笑えなかった。その後も過剰な備えを持つが故に、やっかいなトラブルに巻き込まれます(実際にあったことかはぼかされますが)。そのトラブルの相手は警察という権力。権力なんてウディ・アレンにはジョークのネタでしかなかったのに、実際に闘うわけです。
今までのウディ・アレンの作品と構造は似ているのに、語り口が明らかに違う。一見アメリカの政策を肯定しているとも取られかねないセリフがありますが、それはウディ・アレン精一杯の皮肉なんでしょうね。2002 年 9 月 7 日の朝日新聞夕刊に「ウディ・アレン氏 9・11 を語る」という小さなインタビュー記事がありました。そこで彼はテロから 1 年後の 9 月 11 日をどうするか尋ねられて答えます。
間違いなく自宅にいる。
…中略…
すべてふだん通り。起きて仕事して、クラリネットを練習し、友人と夕食に出かけて……。11 日、死者に祈ることは、しない。ぼくは祈る人間じゃない。家族や知人を亡くした人の気持ちを深く深く察する。痛ましいことだ。でも、ぼくは祈らない。
全くマッチョに見えないウディ・アレンですが、すごく強いなぁと感じます。まあ今の奥さんとの大スキャンダルが発覚した時も作品を撮り続けたことからも、その心の強さはすごいんでしょうけど、このコメントには、確固たる信念の元に自分の行動を決定しているという誇りが感じられます。
もう 70 歳になったウディ・アレンは、愛してやまないニューヨークを出てロンドンに拠点を移したそうです。自分の語るべき物語を探求し、それを作品にするためでしょう。その姿勢はこの物語でも十分感じられます。ぼくが感じた「ひっかかり」は、どこかで変わらないことを望んでいたウディ・アレンに、大きな変化を感じたからかもしれません。ロンドン発の物語が、本当に楽しみです。

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