さや侍
最後は笑いに変えるから

僕の周囲では松本人志の映画監督デビュー作『大日本人』の評価はあまり芳しいものではありませんが、僕は嫌いではありません。笑かせてもらいました。ただ、あれは映画というよりも長尺のコントだと思っています。テレビではできないことを楽しんでやってみたのかなと。ラストの方でメッセージめいたものを感じましたが、おもしろいと思うことをじっくりと表現している流れの中で出てきたもので、最初から伝えたいこと思っていたわけではないと思います。

『さや侍』も映画という(よくわからない)枠にはめてしまうと、「なんやこれ?」となる可能性はあると思います。脚本は粗いし、微妙に空回りしている台詞も多く、ときどき物語の世界からふっと気持ちがそれてしまうことがありました。それでもこの物語は、松本監督が伝えたいと思っていながら見つけることができなかったメッセージを、見事に引っ張り出せたように思います。松本人志に涙が出るほど笑わされたことは何度もありましたが、まさか感動の涙を流させられるとは思いませんでした。

僕は『働くおっさん劇場』が大好きだったので、この映画に期待していたのは野見さんのおもしろさ、滑稽さでした。そして、ただ単に腹を抱えてお腹が痛くなるほど笑いたかったのです。その笑いに関しては、正直期待以上のものはありませんでした。もちろん何度か大笑いしましたが、それらのシーンだけでもおもしろく、わざわざ物語に組み込まなくても十分笑えます。むしろ自宅でリラックスしながらチャンネルを適当に変えているときに突然出くわした方が、「なんじゃこりゃ!」と驚きながらもっと笑けたかなと思います。でも、笑うために劇場に足を運んだ僕は、物語が持つメッセージに不意を突かれて泣かされてしまったのです。

終盤になるにつれ明らかに表情が変わり、野見勘十朗になり切っている野見さん。『働くおっさん劇場』でも「ぶっ殺すぞこの野郎」と意味不明なことを呟きながら自分の物語にのめり込んでいましたが、今回は一所懸命、寡黙に野見勘十朗の物語にのめり込んでいます。その生真面目な様を見ていると、笑うというよりも「頑張れ」という気持ちが強くなり、笑いを失った若君をしっかりを笑わせ、それを観てる僕も笑わせて欲しいと強く願うことになります。
そして、野見さんの「滑稽な様」「おもしろい様」に、松本人志がずっと言い続けている「哀しみ」が絶妙に混ざり合い、感情が混乱というか混雑してきます。「アホか!」と笑おうと思った次の瞬間しんみりさせられたり、喜怒哀楽を瞬間的に切り替えられてしまうのです。

その混雑した喜怒哀楽を抱えたまま、幾分強引にクライマックスを迎えるのですが、ここで松本監督のメッセージが率直に語られます。最後の笑いをニヤニヤしながら期待し、待ってましたとばかりに吹き出した次の瞬間、ばちーんと涙腺を刺激されます。そして、また笑かされ……。

この笑いと泣きの急展開は、松本人志が恥ずかしがり屋であるからこそ表現できることなんでしょうね。チキンライスの歌詞に最後は笑いに変えるからとありますが、まさにその通りな物語。ちょっといい言葉を口に出したり、かっこいいことをした後は、恥ずかしくてじっとしていられないのでしょう。それが結局かっこいいんですから、ずるい。

この物語が「名作100選」みたいなものに選ばれることは無いと思いますが、「なんか個人的に好きな作品なんですよ」と多くの人に言わせる力があると思います。少なくとも僕は、大好きです。

さや侍

松本人志が照れながら創った素晴らしい物語だと思います。

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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