月光の囁き
「思春期をこじらせた男」必見

同じ剣道部に所属する同級生、北原紗月に恋心を抱く日高拓也の青春純愛物語風に物語は始まる。校庭を歩く紗月の姿をじっと見つめる拓也の視線の先からあっと言う間に拓也の変態性が暴露され、さわやかな雰囲気はぶち壊し。そして、拓也は見る側と紗月を、じりじりっと変態純愛物語の世界に引きずり込む。

「月光の囁き」プレスシートとチラシ

アニメの実写化は誰が誰を演じるかということが真っ先に不安なるが、この映画のキャスティングは素晴らしい。

拓也は一見普通の素朴な高校生に見えるが、内に秘めた変態性が伝わる。紗月を見つめる目線は弱々しいが、まっすぐぶれない。その変態性を秘め力強く屈折した純愛が、紗月の奥底に届くのもわかるような気がする。水橋研二さんがもともと持っていた、内に秘めた変態的ななにかをぶつけて演技していたのかもしれない。

紗月を演じているつぐみさんは……良い。素晴らしい。紗月本人なんじゃないかなと思う。紗月が自分の変化に気付くシーンの目は「……ほんまもんやな」と思わせる。その後の紗月が発散させる妖し気な色気は、間違いなくつぐみさんが元々持っているものだろう。最近見ないが、もっと注目されてしかるべき女優だと思う。日本映画界の至宝。

この二人を見初めた塩田明彦監督の演出も素晴らしい。漫画の映画化はいろんなことが原因で、原作よりも薄味になってしまう傾向があるが、本作は原作の世界を壊さずマイルドにしてから絶妙に濃縮し、原作が描こうとしたものを丁寧に汲み取って再構築することに成功している。その濃縮加減が原作のファンには見事な伏線になり、原作を読んでいない人には考える余地として残る。こういう事が上手くいくと、原作とは違う一つの物語として成立する。

印象深いシーンは多々あるが、やはりラストシーンは秀逸。なんとも言えない居心地の悪さと言うか、「どないするねん……」というもぞもぞした感じが続き、そこで流れるスピッツの「運命の人」。個人的にこの瞬間のカタルシスは、『時計仕掛けのオレンジ』の「雨に唄えば」、『トレインスポッティング』の「Born Slippy」に匹敵する。まるでこの映画の為に書き下ろされたかのような歌詞も素晴らしい。「これはほんとうに良い映画だ!」と確信するための後押しにもなっている。

スピッツの草野マサムネさん曰く、この作品は「思春期をひきずっている男」は必見だそうだ。僕は思春期を引きずっている自覚がある。というか、思春期をこじらせてしまった気がしている。そんな男はこの物語を観ることはもはや義務。だからこそ心に突き刺さって、大好きな作品になったんだと思う。

月光の囁き ディレクターズカット版

つぐみさんの妖艶さだけでも観るだけの価値有り。邪な気持ちで観たとしても、つぐみさんの妖艶さによって物語の世界に引き込まれる。

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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