三時十分発ユマ行き
任務は遂行する、敵も守る

法の力と無法者の力がまだまだ拮抗しており、日常生活の中に平然と暴力が存在している時代の物語。
保安官補のポール・スキャレンは、無法者のジム・キッドを護送する任務を与えられる。護送中に立ち寄った町のホテルには、ジムを奪還しようとする者、ジムの命を狙う者が待ち受けている。スキャレンはジムを無事に収監するため、そしてジムの命も守るため、一人奮闘する。

主人公のスキャレンは、仕事にプライドと信念を持ってはいるけれど、なにかのきっかけで揺らいでしまいそうな気配はある。優れた洞察力を持つジムは、その気配を感じとって自分を逃すように取引を持ちかける。この揺さぶりでスキャレンの置かれている状況や人間性がわかってくる。そして二人のやりとりからは、ジムの屈託のない生き方もわかってきて、どちらも好きになってしまう。おそらく二人にとってもそれは同じで、物語が進んでいくとある感慨を共有する関係になる。でも、馴れ合ったり友人になったりはしない。

何度か緊迫したシーンがあるけれど、それ自体はさらっと描かれ、その後の心理描写と会話が丁寧に描かれている。特にラストシーンはキッドのセリフとそれを受けたスキャレンの行動が、なんとも言えず良い。外で読んでいたのに思わずニヤリとしてしまった。

『三時十分発ユマ行き』タイトルと『オンブレ』カバー

この本に収録されているもう一作『オンブレ』のジョン・ラッセルはめちゃくちゃかっこいいし憧れるけれど、自分とは世界が違う人間だと感じるし、身近にいて欲しくはない。ふとしたことで心が揺れるスキャレンは、ラッセルよりも身近な存在に感じられるし、身近にいてほしい存在だ。一緒に働くことができたら、こちらまで誇らしくなるような気がする。そしてラッセルとは違い、少しの才能を持ち合わせ、相応の努力をすれば、スキャレンのような存在になれるかもしれないと思わせてくれる。

『オンブレ』は物哀しい余韻の物語だったけれど、『三時十分発ユマ行き』は明るくスカッとして、気分が良くなる物語で、バランスの良い一冊になっている。読み終わったらそこに置き忘れて、他の誰かにも読んで欲しくなるような。何度も読みたいたいから、そんなことはしないけれど。

三時十分発ユマ行き

「任務は遂行する」「敵も守る」。「両方」やらなくっちゃあならないってのが「保安官補」のつらいところで、当然スキャレンも覚悟できているし、ジムは(おそらく)覚悟できていない。覚悟できてる人はかっこよくて強いってことがわかる物語。

公式サイト

エルモア・レナード、村上春樹/訳 『オンブレ』 | 新潮社

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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