恋する惑星
時間の洗礼に耐えうるおしゃれでかっこいい物語

学生時代は「学生時代」と言うのが申し訳ないぐらい、学校に足を運びませんでした。何をするにもお金が必要ということで、アルバイトを掛け持ちしていたのですが、それが映画館とレンタルビデオ屋。どちらも只で見放題。ということで、通学途中に映画館で新作を観てそのまま帰宅。帰宅後は過去の名作をビデオで観ていました。そんなこんなで貴重な時間を勉強に割くことができなかったんですね。

「もっと勉強してれば良かった」と思わないでも無いですが、僕の学生時代はミニシアターブームの真っ最中。そして何より、観たくてたまらない新作映画が次から次に封切られていたので、もう一度あの頃をやり直すとしても同じようにたくさんの映画を観ると思います。

この『恋する惑星』はそんな時期に何度も繰り返して観た物語です。先日職場でこの時代の映画の話で盛り上がり、10年ぶりぐらいに見直しました。

『恋する惑星』チラシ

働いていたビデオ屋でパッケージの裏面を見て、「カネシロ・タケシ? 日本人?」と思ったのを鮮明に覚えています。まだまだ日本では無名だった時期ですね。でも、「これは観なければ!」と思ったきっかけは金城武ではなく、「クエンティン・タランティーノ? 忘れっちまえ、そんな名前!」というコピーです。僕を映画の世界にのめり込ませてくれた物語は、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』なのですが、そのタランティーノを「忘れっちまえ」ですからね。おまけにタランティーノ自身も絶賛しているとあって、観たくならない理由がありません。

金城武とブリジット・リン、トニー・レオンとフェイ・ウォン、偶然の出会いとその後を描いた2つの物語で構成されています。それぞれは独立した物語ですが、最初の金城武の台詞で語られるように、どこかですれ違ったりします。

この物語を観た多くの人は「村上春樹的な作品」いう感想を持ったようです。僕はそんなこと全く思いませんでしたが、言われてみれば確かにそんな気がします。そしてその感想を聞いてから観ると、たしかに台詞や描写はそれっぽいですね。

その時二人の距離は0.1ミリ。
6時間後——
彼女は別の男に恋をした。

『恋する惑星』

はい。確かに昔の村上春樹が書きそうです。実はウォン・カーウァイは「ノルウェイの森」を映画化したかったのですが実現できず、「それなら村上春樹的な作品を作ろう」と思って作ったのがこの作品、という話をどこかで読んだ記憶があります。原題の「重慶森林」は「ノルウェイの森」へのオマージュとも言われてますし、まったく関係が無い作品とは思えないですね。

さらに、今回観直した時は「森見登美彦的だなぁ」とも感じました。腐れ大学生は出てきませんが、タイトルに恥じないロマンチック・エンジンを搭載していると思います。特に元彼女に未練たらたらのトニー・レオンの演技は最高です。

初めて観たときはまず映像にやられました。今となっては目新しさは無いかもしれませんが、クリストファー・ドイルの映像はやはり衝撃でした。笑けるぐらいかっこ良かったです。音楽の使い方もおもしろくて、フェイ・ウォンの初登場シーンと最後の登場シーンは猛烈に気持ちいい。こうした演出や編集のかっこよさがガツンとくるので、物語に対する期待はすぐ無くなってしまいました。
「これだけかっこよければ、ストーリー関係なく観てておもしろいに違いない」と思ったわけです。
でもこの作品は、その予感を見事に裏切ってくれました。

この物語の魅力的なキャラクターそれぞれが、はまってしまった状況をなんとかしようと真剣にドタバタする様は、滑稽だったり切なかったりします。そして、それぞれが行き止まりまで進んだ時に遭遇するものごとは、滑稽なだけでも切ないだけでもなく、ちゃんとゆっくり時間をかけて心を暖めてくれそうな気配を感じさせてくれます。

映像がスタイリッシュだとか、斬新な編集だとかいう理由で持ち上げられる作品は定期的に出てきますが、人の心に訴えかける普遍的ななにかが物語から感じられないと、時間の洗礼を受けて後々まで残っていくことは難しいと思います。この物語を気に入った人は、この物語から溢れ出てしまった『天使の涙』も是非観て欲しいです。可能ならば立て続けに。『恋する惑星』を観ていなくても『天使の涙』は楽しめますが、ご褒美的な楽しみがなんかとてもいいんです。身内受けと言ってしまえばそれまでですが、身内になれた喜びのような感覚を味わえますので。

恋する惑星

ビルの谷間から飛行機が見える度に、この物語とフェイ・ウォンを思い出します。

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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