サウンドトラック
読みづらい文体なのに揺さぶられる

初めて読んだ古川日出男さんの作品は『アラビアの夜の種族』でした。物語の壮大さはもちろん、独特の文体にも強く惹かれました。その他の作品もいくつか読みましたが、ハズレは一つもありませんでした。気がつけば全ての作品を読みたいと思うほど気に入っていたのですが、この『サウンドトラック』を読んで、古川日出男の作品と文体は自分にとってちょっと特別なものだと気付かされました。

運命的な嵐に巻き込まれ同じ海で遭難し、父親を失った少年トウタと、母親を失った少女ヒツジコ。二人は小さな離島で出会い、絆を深め、それぞれの世界に没入し、はなればなれになる。性別を自由に変化させられる移民の子、レニ。彼/彼女は地下に潜り、敵との戦いに生きている。ヒートアイランド現象によって熱帯地方と化し、気温が、人が、激変していく東京で、トウタは移民たちと出会い手に入れた圧倒的武力で、ヒツジコは女子高生舞踏集団「ガールズ」を率いて、レニは鴉と光を操り、東京に戦いを挑む。

なんだかよくわからないあらすじになってしまいましたが、僕の読解力と文章力の不足ばかりがその原因とは思えません(思いたくない)。実際なんだかよくわからない物語なのです。少なくとも「読みやすい文体のわかりやすい物語」とは言えない。むしろちょっと読みづらいと思うことが多かったです。小説に求めるいくつかの要素の大半が「読んでいて心地いい文体」である僕にとって、「読みづらくても心地いい文体」というのは初めて出会った文体でした。

文体の他にこの物語から強い印象を受けたのは、移民問題や自然災害など、現在の日本にとって重く大きな問題を取り入れていることです。この物語が書かれた頃にはすでに大きな問題として認識されていたとしても、その距離は間違いなく今より遠かったはずです。それらがとても身近になった状況で、日本人はどう考え、どういう行動に出るのかということが書かれています。予言的に書かれた物語の中の日本人の行動は、現在の日本の空気感と似て、陰鬱な気分にさせられることが多かったです。それらを完全に個人的な感情で破壊しようとするトウタとヒツジコの衝動は、深く理解できないとしても、なぜか共感してしまうのでした。

読み終わってから数日経過した今も、この物語の内容を十分に理解したとは思えません。もちろんとても気に入ってるのである程度は理解していると思いますが、物語の筋や気に入った理由を誰かに説明することが非常に難しい……。

トウタとヒツジコの出会いまでは情景も思い浮かべやすく「ちょっと独特な文体だな」と思う程度かもしれません。そこまで読んで心がざわついたり気分が高揚する人は、きっとこの物語と波長が合うので、途中読みにくくなっても最後まで読んでほしいです。逆にトウタとヒツジコの別れまで読んでもピンとこない人は、まったく合わないかもしれませんね、残念ながら。

僕はこの物語を読んでいる間、すらすらと読めない文章がしばらく続いた後のさらりとした一言で、何度も感情がぐらついてしまいました。それまで読むことだけに集中して理解できなかった物語の流れが、一瞬で理解できてしまったような感覚を覚えました。感情がじわじわと盛り上がっていく文章は何度も読んだことがありますが——というかほとんどの文章はそういうものだと思いますが——よくわからないもやもやした気持ちにさせておいて、一気にそのもやもやを理解させてしまう文章はとても新鮮で、ほとんどその部分に惚れ込んだと言っても過言ではありません。
この物語の文体が持つ「揺さぶり」が効くか効かないかは人によりますが、効く人にとっては物語を理解できたとか共感できたとかは二の次で、古川日出男の目線と文体にやられてしまうと思います。

サウンドトラック 上

トウタとヒツジコの邂逅まで読んでみて「合う」と感じたら、最後までのめり込めると思います。

サウンドトラック 下

物語はラストに向かってぎゅうぎゅうに凝縮され、最後に最高のカタルシス。

What’s so bad about feeling good?

Update:

Text by pushman

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